「あの方と共に裁きの座に出ることができるなら」(ヨブ記)
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小川国夫の文学には、三つの流れがあります。聖書を基にした物語。郷里大井川流域を舞台にしたフィクション。自伝的私小説。短編の名手として、彼の名は近代文学に残るだろでしょう。そんな作家が最後の十年を費やして、その流れの全てを一つの濁流としてぶち込み、一つの物語を書き上げようとしました。それが「弱い神」です。一切の描写を省き、複数の私が語り手となる会話文だけで、この小説は書かれています。いや、語られています。小川国夫は最後に、自分なりの「旧約聖書」を残したかったのではないでしょうか……。「カラマゾフの兄弟」や「八月の光」に匹敵するどでかい隕石が二十一世紀の日本に落とされた、と思えます。