簡潔な文体、ドラマなきドラマが、意識の底に刻まれていく
★★★★☆
小川国夫では、最初に「アポロンの島」を読みましたが、正直退屈でした。あまり記憶にも残っていません(今読むと、全く違った印象なのかもしれませんが)。その理由は、ありがちなドラマやオチというものがないからです。欧米の短篇作品に多い、「ウィットに富んだ結末」などというものをこの作者に期待するのはお門違いなのでしょう。
「アポロンの島」が実質的なデビュー作とすると、本作は遺作です。つまり最初と最後。熟練を経た文体は、より簡潔に、語りに近くなり、説明的な文章も少なくなっています。作家の故郷を舞台に、戦国期から戦前、現代まで行き来しつつ、ありふれた、特にパッとしない人々の営みを描きながら、しかしなぜか小さな引っかき傷のように印象に残っていく作品たちです。気がついたら、俺ってひょっとして小川国夫のファン?という感じなのです。
小川国夫最後の作品集について
★★★★★
「止島」には、小川国夫氏の最晩年の作品が納められています。そのなかでも特に心に残ったのが、「琴の想い出」という短編です。人力車の人夫である亀さんと、その孫である琴との温かな情感が、小川国夫氏の晩年の作品に通低するやさしいまなざしでもって描かれています。
死を見つめ続け、生を肯定した小川文学の永遠性を物語るに足りる作品集が、最後に残ったことに感謝します。
小川文学の世界観にどっぷりと浸る……
★★★★★
わずか200ページの本である。そこに10の短編。
ところがページを繰る手が進まない。つまらないのではない。
心のどこかをガリガリと引っかかれるようなフレーズがあり、
そこにぶつかると前に進めなくなる。
殺人事件が起こるわけでもないし、動きも少ない。
淡々と描かれる日常が、どこか非日常的な雰囲気を帯びて
読者に何かしらの判断を要求する。
おそらくそれは小川国夫の世界観に、読者がぶつかるからなのだろう。
決して小気味よい本ではないが、
読後に不思議な爽やかさがある。
ほとんどの作品が、まるでシナリオのような構成になっている。
登場人物の「会話」以外のものは、ギリギリまで無駄が削ぎ落とされ、
しかしわかりづらくはなく、どこか温かい。
いい本に出会えた。
真摯な生き方を教えられる
★★★★★
4月8日80歳で亡くなった小川国夫の遺作短編集である。表題作「止島」他10編皆これまでの作風と同じく、淡々と身辺で生きている人の姿が理屈なしで浮き彫りにされている。ただ、「未完の少年像」には、少し固すぎる話になったが、文学談義になっていて、これがなかなか参考になる。近頃思いを凝らしていることが級友に出会って口をついてでたのである。
「私が小説を書く場合は、ブカブカする浮島の上を歩いているかのようで、とりとめない」のだという。現実には、読む人を傷つけたり、極端な場合は死に追いやることもありうる禁句といものがある。しかし、架空の小説は、言葉による実験であり、何を書いてもいい自由な世界。それゆえに甘えがでてしまい、かえって本来の厳密さが見失われることになる。
特攻隊員の実話らしいことを紹介している。「ぼくはお国のために死にます」と昼間笑顔で言っていた男が「鹿屋にもどりたくない」と寝言で言っていたという。美談の陰の真実の声が問題なのである。小説家は死者とも対話できなければならない。暗い一対一の時間に入って、彼がいろいろなことを聞き出し、自分も応対するのである。また、自分の心に向かい、見極めようとして書く。【内向の世代】と言われてきた著者たちには当然の姿勢であろう。
真の幸せとは、安楽とか長寿とか、自然の幸せではなく、神の国のために犠牲になり、貢献することが究極の幸せである。殺されても殺さないのが最大の勇気であり、非暴力主義でもある。殺されることが絵空事ではない時代に入ったことを感じつつ…