もはや「家庭内の問題」ではない
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「長期化」と「高年齢化」の実態〉という副題に、なるほどと思うところがあり、本書を手にとった。
私自身はひきこもり当事者でもその家族でもないが、読了して再確認したのは、ひきこもりという現象は、決してひとごとではない、ということだ。
いま、社会に居場所を確保できている人にはピンとこないかもしれないが、いくつかの条件が揃ったところで、歯車がひとつ狂えば、誰もが陥る可能性がある。
私の友人に、30代後半で退職したのち、10数年間、仕事に就かずに過ごしていた男性がいる。
両親は他界、価値観を共有する会社勤めのパートナーと同居。家も資産もあり、贅沢をしなければ当面は働かなくても生活は成り立つ。
セミリタイアと称して社会から遠ざかってはいたものの、多趣味で話題も豊富、友人の出入りは多く、料理の腕をふるっては談論風発、日々の暮らしを遊びに変えて愉しむ数寄者と私の目には映っていた。
私を含めた彼の客人たちは、日ごろは仕事のストレスにまみれていても、彼の居間では「主人」にならって社会的自己を捨て、意のままにならない社会からしばしの逃走を許される。清濁合わせ飲みすぎて、生気を失いかけた魂を「自由人の気分」で癒し、そして思う。
仕事だけが人生じゃない。彼のような生き方があっていい。自分は働かないわけにはいかないから、真似はできないけれど、と。
「ひきこもり」の「ひ」の字も私に思い起こさせなかったその彼が、50代になってから精神疾患を発症し、入院して3年が経つ。発症の前には就職先も決まっていた。
素人の私が親しい友人の病因を云々する気はないが、社会に出ることへの恐怖心があったことは主治医によって指摘されている。
レッテル貼りには意味がないが、彼のありようも、「ひきこもり」の変種だったのかもしれない、と本書を読み終えて思う。
一般的なひきこもり像とは違い、彼のまわりには、就労をしていないことで責めたり見下したりする者はいなかったし、むしろ、独特の美意識を貫く彼はリスペクトされていた。具体的な外からのプレッシャーはなかったはずだが、内側からの圧がじわじわと彼を追い詰めた。
内側からの圧とは、特定の個人ではなく「漠然とした世間」を内面化した結果、生じた圧だとすれば、純粋に個人的な病とは言えない気がしてくる。
本書によれば、「社会人ひきこもり」が増加しているという。その実態について詳述された章を特に興味深く読み、多くの示唆を得た。
「ひきこもりという現象は、日本の社会の問題を凝縮している」と著者は書く。同感だ。
自分とは関係ない、と思っている人にこそ、読んでほしい。
「ひきこもり」の現場
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壮絶な現場を緻密にルポタージュされていて溜飲が下がるばかりだった。ひきこもっていた方が、社会復帰したり、「ひきこもり支援団体」のスタッフを勤めるなど、前向きな例も盛り込まれている。
核家族化し、「無縁社会」という語まで生まれ、人と人のつながりが希薄になっている。そんな時代に、最良の処方箋とを指し示しているコメントにも感銘を受けた。
ある一人のひきこもり状態から脱した女性のものである。
「薬より人でした。人のやさしい言葉によって助けられた(以下略)」
「ひきこもり外来」という今までの医療モデルにはないプログラムを立ち上げた医師の例が興味深い。それによって、社会に参加できるようになれる人の割合が6割と高く、正社員についた人も少なくないという。このような「ひきこもり外来」が全国に増えていけば、50万以上といわれる「ひきこもり」層が減少していくと期待できる。雇用不安の中、普通に働いている人からしても励みになるだろう。
丹念な取材によって、ひきこもりの現状がわかりやすく説明されている。
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ひきこもりの現状についてこれまでほとんど詳しくなかった私にとって、この本はその実態をとてもわかりやすく説明してくれていると思った。現在、夫(43歳)が会社を退職後、1年以上新たな就職口がみつからずにずっと家にいるという状況なので、”新たな「ひきこもり層」の出現”という部分はとくに興味深く読ませていただいた。私の夫はまだひきこもりとはいえないと思うが、この本に書かれている、人がひきこもっていくプロセスみたいな部分についても多いに参考になったというのが実感。もちろん、ひきこもりのプロセスは人それぞれだとは思うけれど、もしもその人なりの何かのサインがあるのだとしたら、家族としては少しでも早くそれに気がついて、事前の対策を講ずることができればいいと思うし......。とにかく、ひきこもりはけっして対岸の火事ではないのだということがよくわかった。それも著者の地道な取材の積み重ねによって、リアルな実態が紹介されているからだと思う。
偽物の社会はおかしい
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最近、中学校の教師をしている友人から驚くような話を聞いた。生徒に「将来の職業観」を尋ねたら、
「ひきこもり」と答えた子が何人もいたというのだ。
その理由として、「遊んで暮らせる」「パソコンやゲーム三昧でもご飯が食べられる」など、ひきこもりに対する安易なイメージが先行しているらしい。
だが実際、本書で紹介されるケースから明らかになる「ひきこもりの苦悩」は、当事者はもちろん、家族にとっても深刻なものだ。
何かの理由で、一度社会の流れからはずれたら、なかなか戻れない。そして結果的にひきこもりになってしまうという現実は、今社会の中でなんとかしがみついている人にとっても、決して無関係な話ではないだろう。
「ひきこもりの親の会」を主宰する方が、本の中で「こんな偽物の社会はおかしい、と誰もが思っている。その問いかけの切り口になるのがひきこもり」と語っている。
これから将来を切り開くはずの中学生が「ひきこもりに憧れる」なんて、まさに「偽物の社会」への強烈な皮肉なのだと思う。いろいろ教えられ、考えさせられる一冊だった。
ひきこもることが、 どのようなことか、 具体的に見えてくる
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ひきこもりを追いかけて、
たくさんの取材を重ねています。
丁寧に取材していますので、
完成までに時間をかけた力作だと思います。
「なぜ人はある日ひきこもるのか」
こんなテーマを作者は本書で追いかけます。
残念ながら本書の中では明確な回答は見つかりませんでした。
ひきこもりが、それだけ謎の多い分野であるということだと思います。
ひきこもりと鬱やホームレスとの関連、
ひきこもりに対する社会的、公的サービスの欠如については、
詳しく記述されています。
ひきこもることとは、具体的はどのようなことか、
本人や家族にとってにインパクトが、
具体的に見えてきます。
病気じゃないし、弱者でもない。
医療からも福祉からも距離がある。
そこがひきこもりのやっかいなところです。
そんな視点から、
医療的な問題解決をはかるとか、
福祉の課題として行政が惹き凝り対策を進めるとか、
課題提起も数多いくなされています。
教育、医療、福祉、労働各分野での横断的な対策が必要だと実感しました。