「アイヌ神謡集」を読み、理解するためにとても便利な一冊
★★★★☆
アイヌ神謡は、アイヌ民族の代表的な口承文学であり、知里幸恵著「アイヌ神謡集」(岩波文庫)は、その特徴を日本人が理解しやすいよう、そしてアイヌ神謡のもつ音感、リズムなどにも接することができるよう編集された書物です。しかし、それを良く理解するには手助けが必要です。この本は、それにうってつけです。
この本の基本的構成は、見開きの左ページにアイヌ語による謡(うた)が記され、右ページに日本語訳が配されます。左のアイヌ語は、カタカナ、知里によるローマ字、現行ローマ字、日本語逐語訳と四行で表記されます。右ページは、知里による日本語訳、現代日本語訳、英語訳の三行が並びます。
この形式で、知里の著した十三の謡が収められています。それを中心に、各謡の前後に、「物語とその背景」「言葉の説明」とその謡に関係する「コラム」記事が置かれています。その他に、「はじめに」「あとがき」は勿論のこと、「アイヌ語表記について」「神謡について」、知里の略年譜、単語索引、岩波版の要訂正個所、参考文献などが掲載され、読者は、深い理解のための情報を得ることが出来ます。まさに「アイヌ神謡集」を読みとくための基本的文献といって良いでしょう。マイナーなことですが、校正漏れが時々目につきます。
神謡の内容では、人間が神、動物、植物などと入り乱れて交感します。その交感の背後には、アイヌの自然観、死生観、道徳規範などがあって、それらを読み取ることができます。しかし、そうした背後、深奥まで「和人」が最初から的確に理解できるかといえば、なにがしの知識なしにはなかなかむずかしいです。そのような知識を本書は与えてくれるのです。また、謡、つまり口承ですから、アイヌは声に出して謡っていたわけで、本書は、それを「和人」に伝える上での情報をも与えてくれます。そのような意味で、この本はなかなかの労作です。