研究途上であるだけに、ゆっくりと咀嚼し、味わっていきたい
★★★★☆
巻末のアイヌ学研究者の解説によると、口承叙事詩であるアイヌの物語は、その歴史や場所における内容の違いも不分明である上に、語り手がどんどん減り、物語自体にもいまだ未公開のものが多いらしい、とその研究は前途多難に読める。
それでも、数少ない語り部の山本翁が文字として残した物語の一端を、この本では知ることができる。読みやすいリズミカルで力強い日本語(和語?)には、自然への素朴な畏敬の念があふれている。「造化の神さまは、この世の中にはけっしてむだな物は創造しておかない」という言葉どおり、たとえば、シマフクロウの神さまにいだかれ、その膝で眠る小さな鼻長ネズミの姿が描かれたカバーは印象的だ。
創生の物語には世界共通の普遍さ、ちっぽけな人間の生死を超えるダイナミズムが感じられる。しかし、山野の動植物、稲妻や風、湖にさえ神を見出し、畏敬の念を抱く彼らの考えは、実はかつて日本人の心にも親しく存在していたものだろう、と懐かしく感じた。
一度だけ、節のついた短い語りをライブで聴いたことがあるが、細部まで言葉を完全に聞き取ることはままならなかったが、それは鳥肌が立つほど美しく、慈愛に満ちたものだった。少しずつでいいから、差別が逆差別とならないように、保存と再興、そして精密な研究を進めてもらいたいと心から思う。