本書は、事件の発端から一審判決に至るまでの一部始終を追ったものである。その3年もの間、著者は、事件にかかわりのある土地に足繁く通い、さまざまな証言を集めた。事件現場となった円山町は言うにおよばず、ゴビンダの冤罪を晴らすべく、はるかネパールにまで取材に行った。立ちはだかる悪路難路を越えて、彼の家族友人から無罪の証言を得ようとする著者の姿には、執念を感じてしまう。
ネパール行脚が終わると、裁判の模様が延々と書かれている。ゴビンダを犯人と決めつけている警察の捜査ひとつひとつに、著者はしつこく反論していく。このくだり、読み手は食傷気味になるかもしれない。だがその執念も、ともすればステロタイプにくくられがちな「エリート女性の心の闇」に一歩でも迫りたいという一念からきたのだろう。著者は、確信犯的に堕落していった渡辺泰子に対して、坂口安吾の『堕落論』まで引用して、「聖性」を認めている。その墜ちきった姿に感動している。この本は、彼女への畏敬と鎮魂のメッセージなのである。(文月 達)