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スポーツは「良い子」を育てるか (生活人新書)

価格: ¥714
カテゴリ: 単行本
ブランド: NHK出版
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著者の警告に同感 ★★★★☆
小学生を持つ母親です。日ごろから、少年スポーツに疑問を感じていました。子供が楽しいからと始めたスポーツ。スポーツはいいこと。とスポーツをやる子の親は、ほっとしている。ところがしばらくたつと、当然ながら、優劣がでてきて、勝つために必要のない子はコーチから冷遇され、やめてくれるのを待たれているかのよう。勝ちたいが為のコーチ、他の子供の親など周りのオトナや強い子に傷つけられ、スポーツから遠のいていく。子供の実力にあった、楽しめる、チーム。勝つための駒としてではなく、子供を育てることを大事にしてくれるコーチの大切さが分かりました。子供がオトナよりも勝ち負けにこだわるということも本書にあり、子供が勝ち負けにこだわりすぎるあまり、大事なものを見失わないようにすることが、何より大事!親はそのために一番かかわれる存在であると感じました。うちの子はスポーツができるから安心!と思っている親にぜひ読んでいただきたい本です。
日本の子供のスポーツに対する問題把握が可能。5章は特によかった。 ★★★★☆
4章までは、日本のジュニアスポーツにおける問題点の洗い出し。ところどころ知らなかったり、参考になる点があったり。
まあ、知っておいたほうがいいな位の内容。自分が子供にスポーツをやらせる親になったら、こうならないように気をつけようというか。
5章が、提言で、その内容がとても良かった。まあ、今更?というかマズローの欲求充足説を下書きにしなくても、逆にそこに根拠をもたないほうが、いい提言になった気がします。
筆者の経験は、子供のスポーツに提言をするのに十分だと思います。
この経験からくる内容に特化したほうが、読み手に響く本になったと思います。
継続するための力とは何か? ★★★★☆
目的や目標を持つとはどういうことなのか?継続するための力とは何か?
そんな視点に応えてくれた一冊です。

以下引用

コンピテンスとは、心理学の世界では「有能感」などと訳されています。「有能感」とは、私たちが自分の周囲の何かに対してあることを働きかけたときに、その何かを自分自身の力で多少なりとも動かし、変化させることができたときに、「やった!」と感じる充実感です。心理学者のR・W・ホワイトは、人間は誰でもこのコンピテンスを感じることによって、次なる行動に向かっていく意欲を持ち続けることができるとしています。

心理学者のド・シャームは、私たちの行動が何か結果となって表れたとき、「それが自分自身で決定した結果である」という実感を持つことが、次への行動への強い意欲につながるとしています。このように、他人の指図によるのではなく、自分の意思が反映したことによって何かの変化が起きた、ということを実感したいとする感覚は、「自己原因性」を浴する心理と表現されます。人は、「自分でやった」という自己原因性が実感できることで、「自分はできるのだ」というコンピテンスを得ることができるのです。

どんなスポーツ種目でも、たとえ試合に敗れることがあっても、一つひとつのプレーの中で、自己原因性に基ずくコンピテンスを体得するチャンスがあります。それこそが、スポーツが人々を惹きつけて離さない、もっとも大きな理由だと私は思います。

「人はパンのみにいきるにあらず」という言葉に示されるように、私たち人間は生物としてのメカニズムに支配されて生きるだけでなく、高度な精神活動を満たそうとする欲求を持っています。スポーツをすることに関しても、人間ならではの精神性が含まれているはずです。

スポーツからなにを得るのか?。その原点に立ち返るなら、子供たちを「調教スポーツ」に送り込んではいけません。一つひとつのプレーごとに悩み、考え、自分なりの判断を下せるスポーツ環境を与えるべきです。
疑似科学はスポーツではない ★★★☆☆
本書の主張自体には反対ではない。スポーツの原理原則はたしかに過当競争の実力主義でありその過程がエリート選手を生み出すのはわかるが、スポーツの多面性を考慮するとその一点のみに注目していてもスポーツの発展には繋がらない。更にはっきりいってしまえば大多数は競争から漏れた敗者であり実力主義に依拠しているだけではその人たちの癒しにならないのである。繰り返すが、本書の主張は正しい。

しかし、主張の正当性を示すために何故疑似科学が挙げられるのかが疑問に残る。例えばパタン化したプレーを繰り返せば前頭葉の働きが鈍る(クリエイティブなプレイができなくなる)とあるが、これは森昭雄の「ゲーム脳の恐怖」を真に受けている悪例である。ではイチローがバッターボックスに立つときの一連のパタン化された動作は一体どう説明がつくのか。
他にも問題に対する解決案がスポーツの本質と著しく乖離しており本書の評価を下げている。

それでも評価が普通なのは長年現場にいるだけあって現状認識が適切であることと、疑似科学を廃し、解決案をより具体化すれば良書になるという期待からである。
この問題はスポーツを享受する側も考えなければならない。
子供を歪ませている大人像が浮き彫りに。 ★★★★★
 子供たちの成長を願うことが、どんな形であるべきか。スポーツ指導の側面から、現在の日本のかなり深刻な状態を捕らえている良著だ。スポーツも過度な競争原理下に置かれ、そのあおりが子供たちに降りかかっている。受験の過熱と、その根が通ずるという指摘に大きく共感を覚えた。親が子供を駆り立てる今の風潮を、真剣に考え直していくことが重要であることを、次著「少年スポーツ、だめな指導者、バカな親」でさらに告発する筆者の考えに、うなづかされた。併せて読むことを薦めたい。国連「子供の権利委員会」から2度にわたって「過度な競争について国としての改善勧告」を受けているこの日本の現状を、明快に浮き彫りにしていると思う。TVをはじめ多くのマスコミが競争原理容認に傾く中、こうした出版物のあることを大切にしたい。大人の意識が変われば、目の下に隈を作り、無気力と疲れにあえぐこどもたちの顔に、輝きが戻るのではないか。それを示唆している本だ。