まえがきに著されたこの疑問は、「性」に関わることだけではなく、おそらく他のすべての研究において、研究を始めるときに、その最中に、検討される必要があるものだろう。
いや、研究においてだけではなくて、本当は、会話がすれ違うとき、気持ちが、言葉がすれ違うとき、思い返してみて損は無い。
前提として、言葉が通じているつもりでも、その中身は共通だろうか? そういう共通の土俵を作る作業の手抜きをすると、後でいくら積んでも積み重ならないものである。
この出発点はとても真面目な、大事なことだと思うけれども、中の個々のエッセイは、多様な執筆者の個性を反映しつつ、一般的に楽しめる内容になっていると思う。
オチを最後に設けないと気がすまないような雰囲気が全書にあって、それがなんとなく関西風?
試みとして重要なことなので★5つと言いたいところだけど、グラスゴーとリオデジャネイロが似合うかはわからないので、一つ、減らしておきます。
エッチな用語はプロレス用語とおなじく。国語辞典が掲載したがらない言葉らしい。そのせいで、古い辞書や記録を調べても「性」にまつわる用語は、まったく意味がわからない事が多い。
たとえば「エッチ」、「変態」はともかく、「猫をかぶる」にいたっては誰もその意味がエッチな意味があったなんて知らなかったりする。
難を言わせてもらえば、それそれの項目が統一性を欠き、バラバラで、「トリビアの泉」的な面白さのみに終始している点が気にかかる。性の用語全体を見渡して、「へえ~そうなっていたのかあ~」とダイナミックに唸らせる感動がない。
執筆者たちの志は、まだまだ達成されていないということで、星三つ。いずれは星五つの超大作を期待したい。