物心二元論からの脱却、ギリシャ自然哲学の巨人アリストテレスの分類から発展してきた学問に対する懐疑は、20世紀においては、ホワイトヘッドの有機体の哲学、シュレディンガーの生命論に見られる。ただ、彼らの後半生あるいは晩年の思想と活動は、必ずしも理解されていなかった。数理物理学者ペンローズも彼らと共通するのか?
本書の原題は、『The Large, the Small and the Human Mind』。「時間/空間」に関して「Large/Small」であり、「小」はプランク長とプランク時間、「大」は宇宙である。ペンローズは今我々が手にしている量子力学が「重要な何かを欠いている」としながら、修正された真の量子力学を用いれば、心の問題を解明できるのではないかとする。つまり物質の振る舞いを記述する量子力学が心をも記述できるはずだ、と。この思想は、自称恥知らずな還元主義者ホーキングら高名な学者からの疑問・批判にさらされているが、ペンローズが正しいとも思われている。
彼は純粋に論理的思考で構築された数学が、現実世界の物理を驚くべき正確さで予見できることに偶然ではない深淵があるという。たとえば、アインシュタインの一般相対論は観測結果を驚くべき精度で予測できるが、特殊相対論とは違い、観測事実の要請があって生まれたのではない。純粋に思弁的に導出された理論なのである。
また、彼自身が描いたと思われる豊富なイラストによって、ディラック方程式も愉快に描かれる。ポリオノミ・タイリング、マイクロチューブ、あり得ない三角形などは彼一流の思考がほとばしり出る表現である。
脳の解明が急速に進んでいる昨今の状況をみても、このペンローズの大胆な試みは21世紀における脳の問題、心の問題を科学的に定式化するものになるかもしれない。(澤田哲生)
面白いけれど難しい本
★★★☆☆
著者は、いきなり心の問題に触れるのではなく、現代の数学・物理学の分かっていることといないことの限界を分かりやすく示すことから始めている。
例えば、宇宙論としてのビッグバンが実際どのようなものであったかを量子物理論は示すことができていない。また、熱力学第二法則(エントロピー増大の原理)にはもっと深い未知の理論があるのではないかという指摘も的を得ている。更には、量子力学の神秘(奇妙なこと)についても極力わかりやすく説明しようとしている。本当に量子力学はわからない専門領域と思うが、にもかかわらず、本当に正確であり、現代のハイテク分野でもテクノロジーの中核をなしているともいえる。
筆者は、量子化されていない重力理論(一般相対性理論)を「量子重力理論」とすることが必要で、そのためには「ディラック-プランク定数」を組み込むことが必要とされると予言している。確かに理論物理学者はみなそうとは思うんだけど、だれも全体理論に成功していないのはなぜなんでしょうか。難しすぎるのかな
そしていよいよ心の神秘(物質からなぜ心が生じるのか)に触れるわけだが、結局は、簡潔に言うと「脳細胞・ニューロンの内部にある微小管のシステムが量子的干渉を可能にし、微小管を構成し二つの形態をとりうる分子(チューブリン)の客観的収縮の発生が意識を形成するとともに、微小管を取り囲む秩序化された水が深く関係している」と述べている。うーん、全くよくわからない・・・。が、ニューロンは単にスイッチではなく、一つのニューロン自体がPCメモリーのようなもので、量子論と深く関係してそうだということは分かった。また、そういえば、NHK「爆笑問題のニッポンの教養」番組で、H21.3.3放送の新潟大学中田力脳神経学者も「人間の意識の形成には脳内の水が重要な役割を果たしている」と言っていた。両者の意見はとても近いんだろう。ただ本当に理解するには量子論の理解が必要だなあ。本書は、面白かったけど、難しい。ただペンローズの他の本も読みたくなる。
物理数学者の考える意識
★★★☆☆
原題は"The Large, the Small, the Human Mind" で、訳するなら『宇宙、量子、意識』。こっちのタイトルの方がいいと思うんだけど、妙な邦題がついてますね。
"The Large"は、ペンローズ言うところの「古典物理(ニュートン、マクスウェル、アインシュタインの理論)」でうまく説明できる。量子力学は、"The Small"をうまく説明する。ところが、その中間にある"The Human Mind"は、どちらでもうまく説明することができない。
そもそも、そんなもの物理学で説明しなくてもいいじゃないかというかもしれないけど、例えば遺伝の法則は、DNAのらせん構造の発見によって、生物学からむしろ化学の分野の話になった。化学と言うのは物理法則を敷衍して解釈が可能だと化学者は言う(とペンローズは書く)。で、現在、意識の研究は医学者、神経学者等にゆだねられているが、これもいつの日か物理学で説明できるようになるに違いない、とペンローズは考えている。反対者も素粒子の数くらい多いらしいが。
ペンローズが持ち出してくるのが、「計算可能性」の概念である。人間の意識は、計算不可能である。コンピュータには再現できない。本書を読むと、とても明白なチェスの次の一手を、コンピュータでは演繹できないことが示されている。人間の脳は、何かの仕組みを使って計算不可能な手続きを実現している。一方、ペンローズの理解では古典物理も量子の世界の物理も両方「計算可能」な構造を持っている。だから、人間の意識を解明するために、物理学にも計算不可能で(かつ決定論的な)概念を導入する必要があると説く。
なんか、半分くらいしか理解できた気はしないが、かなりぶっとんだことが書いてあるのは分かる。脳みそが「計算不可能」なことをやっているっていうのはね、とてもおもしろい見解だと思うのね。実際そんな気がするしね。
「心の影」の要約本
★★★★☆
1995年Tanner Lectureでの講演内容を再現したものであり、原書は、"The large, the small, and the human mind"、である。基本的には「心の影」を要約したものとなっている。
表現は簡潔であり、くだけた口語調なので、一見読みやすそうだが、勿論内容は極めて高度であるから、「心の影」を読んでいない読者、又は相応の知識のない読者にとっては、「雰囲気のみを味わう」ことになりそうである。
著者の主張のひとつが「客観的収縮(=OR)」の理論だが、真偽のほどはともかく、本当にワクワクさせられるものである。いつになったらこの領域が解明されるのだろうか。
受け入れるべき量子力学のパラドックス(即ちZミステリー)として、「心の影」でも取り上げられた「爆弾検査問題」が再び説明されている。ElitzurとVaidmanが1993年に提出した問題だが、誠に衝撃的なものである。このようなことが本当に現実にあり得るのか。
極めて興味深い本であることに間違いないが、星4つである理由は、(第二部を除いて)「心の影」以上の内容が含まれていないことである。
ベストセラーになる数学書の条件
★★★★☆
ベストセラーになる理数系の図書には、いくつかの特徴がある。①数式による記述が最小限に抑えられていること。②その代わりに文章に魅力があること。③わかりやすい図表が数多く掲載されていること。④読者をダイナミックなスケールの世界へいざなうこと。ペンローズの著書はそのすべてを満たしていると言えそうだ。
①と②に関しては「心の影」で証明済みだ。ゲーデル-チューリング流の議論の大部分を「AIの専門家がロボットと行う討論」というかたちで提出している。理論の出来不出来に関係なく、専門外の人間をいかに自然言語で説得でするか。それが多くの人を魅了するのか否かを決定する。③は本書のポリオミノ・タイリングがいい例だ。「計算不可能性」なる概念を説明するために「オモチャの宇宙モデル」の図を使っている。ペンローズは自ら図表を書くことでも知られており、こうした幾何学図形の使い方には定評がある。
問題は④だろう。新しい物理学により意識を解明しようとするペンローズの論旨には、多くの推論や憶測がまじっている。本書の論争部分で科学者たちがする反論は最もだ。だが、最もなことほど退屈なものもない。この本が人の手にとられる理由は、宇宙の年齢から素粒子の寿命まで扱ってしまうそのスケールにあるのだから。