例え過ちであっても己の選んだ道を信じ最期まで責任を全うする孤高の男達の物語。
★★★★☆
ポーランドに生まれ20世紀前半を代表するイギリス文学作家として後世に名を残す異才コンラッドの秀作5編を収録する日本オリジナル短篇集です。本書を読み終えて気づいたのは、著者の作品世界の殆どが偶然に危ない犯罪を匂わせる状況に巻き込まれた人々を描いているという事実です。勢い結末は最悪の場合死で幕を閉じる暗く重苦しい物にならざるを得ませんが、例え過ちであっても己の選んだ道を信じ最期まで責任を全うする孤高の男達の姿には哀れみを覚えながらもいくばくかの敬意を表したくなります。
『文明の前哨地点』アフリカの交易所に二人の白人と黒人一人が駐留していたが、ある日現われた部族の為に順調だった生活が脅かされ、やがて極度の忍耐を強いられた白人二人の我慢が限界に達する。もう少しで助かる間際に男が取った予想外の行動が悲痛です。『秘密の同居人』初航海に就いた新任船長が、他船でいざこざから殺人を犯し泳いで逃げて来た男と二人きりで出会い、部下の船員達には内緒で自分の船室にかくまってやる事を決める。再三の綱渡り的なスリルに冷や汗をかき、船長の大胆な度胸に感嘆します。『密告者』無政府主義者の活動家が危機感を抱き組織の内部に潜む警察への密告者を暴こうと画策した欺瞞作戦が痛ましい悲劇を呼ぶ。発覚した瞬間に男が告白する「信念に基づいてしたことなんだ」という言葉が胸を打ちます。『プリンス・ローマン』若くして最愛の妻を病気で喪った失意のプリンス・ローマン公が無名の一兵士として戦場に赴き戦った日々を振り返る数奇な生涯の物語。『ある船の話』戦時中ある船を指揮する部隊長が潜水艦による被害に苦しむ日々が続く中、スカンジナヴィア人の船に遭遇し敵の協力者である可能性を疑う。部隊長が戦時の厳しい状況が取らせたと思える人命のかかった非情な賭けの記憶を一生引き摺って生きて行かねばならない心情を想うと遣り切れなく深い哀れみを禁じ得ません。
名もなき人々の人生を語る
★★★★☆
「思えば、この世の厳しい矛盾と葛藤は、同情心を持つことができ、激しく怒ることのできる人の胸の中でこそ、痛切に感じられるものなのだから」(「無政府主義者」)
平時でない時には、普通ならば歴史に名を残さないような人間が、名を残すこともある。
人々の記憶から消え去っても、書物の中に、記録として生き続ける。
本書に収められている短編「ガスパール・ルイス」の冒頭には、このようなことが書かれているが、これはまさにコンラッドが描きたかったものなのではないだろうかと思う。
この短編集に登場する人物は、生きている場所も立場も、それぞれ違っている。
イギリスの田舎町であったり、革命戦争下であったり、死刑囚であったり、逃亡者であったり。
普通ならば歴史に名を残さずに消えていく「名もなき人々」の人生が、「エミリー・フォスター」「ガスパール・ルイス」のように、ある一人間の人生の物語として描き出されている。
誰も興味を持たないような小さな村での男と女の物語「エミリー・フォスター」、孤島でひっそりと暮らす男の意外な真実を語る「無政府主義者」がおすすめ。
どこかドラマティックすぎて古くさいと思う部分がないでもない。
それでもどこか異国の風を感じる物語群は、さすがコンラッドであると思わせられる。
ポーランド系イギリス人の短篇集
★★★★★
この短篇集はコンラッドの『西欧人の眼』や『密偵』などの作品の
土台となっていると思います。
本短篇集に収められている『アナーキスト』、『密告者』などが
それに当たります。
またコンラッドの「人種主義」的要素を考える上でも重要な一冊だと思いました。