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檀 (新潮文庫)

価格: ¥500
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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オビのコピーが上手すぎ ★★★★☆
『火宅の人』を通読した私は、作中で描かれた自分の姿に、思わず胸の中で声を上げた。「それは違います、そんなことを思っていたのですか」と―。

という一文に惹かれ、そして友人の推薦もあって買って読んだ。一気に読める文章。

上記の一文が最高に読者を動かす。それ以上にゆさぶられる記述は本文中にはなかったなぁ〜。
期待が大きかっただけにちょっと拍子抜け。
白黒の家族アルバムに見る作家夫婦の歴史 ★★★★★
 回想録の形を取ったドキュメンタリーであり、家族史小説とでも言えると思う。徹底した聞き取りと裏付け作業が感じられる。
 全体的に白黒の家族アルバムを見るような作品だが、鮮やかな色彩を二カ所で感じた。ヨソ子が檀の暮らすポルトガルで「私を歓迎してくれるように思えた海辺の丘の赤い花々も、いつまでも枯れずに色鮮やかに咲き乱れる姿を見ているうちに、荒々しい海にこびる女性の口紅のように感じられ、鬱陶しく思えてくる始末だった」と言う箇所と、檀の葬式に現れた元愛人を見て「入江さんの口紅の色が鮮やかに眼に入った。ああ、綺麗に化粧をしているな、と意味もなく思った。」の二カ所だ。
 私には主人公のヨソ子夫人は「古い女性」と言う観が拭えない。自分では否定しているが、やはり妻妾同居に甘んじて、家事と子育てをまっとうする事で夫に仕えて矜持を保つような、そんな忍従や芯の強さのある女性だ。だから先の二カ所の表現に「妻である私がいる意味は違うんだ」というような意気込みを感じた。
 そして同時に、そんな妻の支えを期待して甘えてしまっている無頼派・檀一雄を発見する。それをまた「檀に女性の愛情に対する飢餓感のようなものがあった」と受けとめてしまう包容力には、妻の存在を越えた偉大な母性を感じてならない。
 檀は大家族の家長としての役目を全うしながら、自分の振幅を大きく保つことで、そこから創作のエネルギーを得ようとしたのだろうか? だとすれば、手段であったはずの「火宅の人」で命が燃えつきてしまったことは、誰しもが思うように無念であったに違いない。一番無念だったのは、ヨソ子さんだったのではないだろうか。
かわいそうな女(ひと)ではない。 ★★★☆☆
「火宅の人」。当時は単なる私小説というより、もっとスキャンダラスな
扱いだったのでしょうね。

彼女が檀一雄に求められたのは、自分にとっても子供たちにとっても
よき母「おっかん」であると同時に、女であり続けること。
彼女は、母であることだけを選んだために、夫は外に女を求めて出て行った。
それって、夫婦の永遠のテーマかも(笑)

けれど、彼女は世間で言われてるほど不幸なひとではなかったと思います。
正直、「火宅の人」で描かれた自分像に対する弁明めいたことは言って欲しく
なかったな、って感じでしたが、最後の無頼派の最期を語れる唯一の人として
証言してくれた勇気に敬意を表したいと思います。
檀一雄という人 ★★★★★
檀一雄については「火宅の人」であるということだけは知っていました。娘である檀ふみさんが、ことあるごとに父への尊敬の念、思慕を口にされるので、どのような方なのかと思い手にとりました。
まず、「リツ子」さんは檀ふみさんの母ではなく、先妻のことであるということ。その先妻の闘病記と、愛人と家庭との間で揺れ動くさまを書いた「火宅の人」が代表作の私って…という夫人の言葉が、本当に聞こえてきそうでした。
しかしこの本を最後まで読むと、檀一雄という人は、妻としてではなく、恋人を愛するように妻のことを愛していたのだなということがよく分かります。よき家庭人になることが望まれる結婚制度の中で、作家はヨソ子さんのことを、ずっと女性として見ています。これが作家というものなのか、檀一雄という人なのか…本の中ですが強烈な個性を持った男性に出会いました。
男臭い。 ★★★☆☆
入江杏子『壇一雄の光と影』を読んだ直後だったので仕方ないのだが、本書を壇一雄の妻である壇ヨソ子のインタビューをまとめたものだと思い最後まで読み通してしまった。インタビューに答える声には何らかの感情が込められていたはずなのに、それが全く拾い上げられていない文章に不満を募らせつつ何とか読み終え、巻末の解説を見てその誤解に気づいた次第。本書の根底には沢木の解釈、男の思考が深く大きく横たわっている。
前半は『火宅の人』の話題からほとんど広がることなく退屈。