キタイ・契丹・遼を読みたい人はぜひ
★★★★☆
中国史では「唐」の次は「宋」である。
唐の滅亡(907)から宋の成立(960)までの約50年はカオスな時代として、中国史概説や高校世界史ではものの見事にスルー。「五代十国時代」という呼称で適当にごまかされる。
だが、キタイ帝国(契丹のちの遼)という存在をストーリーの主役に据えることで、このカオスが面白いくらい整然とした歴史図像としてその姿を見せてくれる。
全然分からなかった数学の問題が、一本の補助線を引くことであっさり解ける。
そんなかんじの発想転換を見せてくれたのが、この本だった。
中国史の枠にとらわれていては絶対に出てこない発想。
10世紀東ユーラシア史の主役は、まさに耶律阿保機率いるキタイ帝国だったのである。
タイトルとはうらはらに本書は半分以上が「遼=キタイ」に費やされている。キタイにばかり紙数を割き過ぎではないか、と考える向きもあろうが、これも著者なりのアンチテーゼなのだろう。
つまり、なぜ中国史の概説書では「唐」や「清」にほぼまるまる一冊使われるのに、「遼」で一冊どころか半分も使ってはいけないのか? という。 ……考えすぎかもしれないが
本書の魅力はただひたすら契丹=遼である。ほかははっきりいって不十分だ。西夏や金が読みたい人はもっと良い本があるだろう。モンゴルは同じ著者の別の本を読むほうがずっといい。
だがキタイに興味ある人はぜひ手にとるべきだ。現段階ではもっとも優れたキタイ史の概説である。
「キタイ国家」(遼王朝)についてはやけに詳しいが・・
★★★★☆
歴史研究における「中華思想」の
徹底的な相対化を試みる著者の史観は
いつもながら新鮮で、一定の衝迫力があるのだが、
本書は一般向けの啓蒙書・概説書としては、
いくらなんでも、全体のバランスが偏り過ぎだと思う。
タイトルに含まれる四王朝(遼 西夏 金 元)のうち、
著者が「キタイ国家」と呼ぶ遼王朝と
五代の一角をなすトルコ系沙陀軍閥(後唐)との抗争については、
おそろしく微に入り細を穿った記述がなされており、
「キタイ国家」を扱った部分だけで、全体の
半分以上の紙数(250頁超)が割かれているのだが、
西夏と金の二王朝については、ほんの30頁足らずの
短い一章だけで、簡単に片付けられている。
まるで、モンゴルの先駆者「キタイ」については、
いつか詳しく書いてみたいと思っていた著者が、
いささか趣味的に、想の赴くまま書き進めた結果、
ようやく西夏と金にたどり着いた頃には、
すでに紙数も興味も尽きてしまっていたかのようだ。
著者に好意的に考えるなら、おそらく西夏と金については、
まだ漢文資料以外に基づく研究がさほど進んでおらず、
「中華思想」からの脱却を唱える著者にとっては、
満足の行く記述をなし得るだけの材料が
じゅうぶん揃っていないということなのかもしれないが、
直前の07巻には、北宋を滅ぼした金王朝については、
次の巻で詳しい記述があるはずと予告されているのに、
最低限の概説書的な記述さえ省かれているというのでは、
読者に対してやや不親切ではないかと感じたのも確かだ。
(結局、金王朝についてのまとまった記述は、
本シリーズからは抜け落ちていることになる。)
相変わらずの杉山節です
★★★☆☆
とりあえずこの本は中国史を概観しようとする初心者には明らかに不向きです。杉山先生の本を読んだことの無い方は手を出さないようにしましょう。
平瀬先生の書いた2巻もそうだったのですが。名の売れている方を使う方針は別にかまわないのですが、概説書と言う立場を忘れないようにしていただきたい。
草原制覇と世界システムの成立
★★★★☆
講談社による中国史の新シリーズの第8巻です。8世紀半ばの「安史の乱」から説き起こし、その後、9世紀後半におけるキタイの勃興から14世紀後半のクビライ王権崩壊まで、キタイ(遼)・西夏・金・元など、遊牧・狩猟民系権力の興亡と対中関係の500年に渉る歴史を射程に収めています。時間的にも空間的にもスケールは壮大です。特に気が付いた点は以下のとおりです。
(1) 「セン淵の盟」に象徴される中華政権と異民族政権の並存状況に着目し、これを歴史の智恵に基づく国際的平和共存方式として高い評価を与えています。また、12世紀末頃の東アジアの状況を、一定の国際規範に裏打ちされた多国間システムとして捉え、その歴史的な意義付けを探ろうとしています。
(2) キタイや金などの遊牧・狩猟系政権が諸民族の雑多な連合体であったことを指摘し、これら政権の性格について「民族政権」的側面よりも「帝国」的側面に注目しています。
(3) モンゴルによるユーラシア制覇はその後の東西両洋の歴史に決定的なインパクトを及ぼしたとの立場から、特にフビライ朝の統治が「世界システム」の構築につながったことを、さまざまな事例を挙げて力説しています。
(4) キタイの故地を調査した際のルポを収録しています。歴史と現在の交錯に思いを致すといった風情で、たいへん興味深いものを覚えました。
著者は高名なモンゴル史家であり、本書も徹底した「草原史観」に貫かれています。いつもながら斬新なアプローチで面白いのですが、ここまで明快に割り切って良いのかどうか、読者によっては違和感を覚える向きもあるかも知れません。