重いバトンを引き継いでゆかねばならない
★★★★★
私は、あの戦争で、8割以上が餓死または戦病死した南方戦で、日本兵として戦った経験はもちろんない。
レビューを書くこともおこがましいと感じつつも、しかし、多くの人々にこの本を読んでいただきたく、筆をとった。まず断りをいただき、以下、書かせていただく。
あと僅かに10年。あの戦争で戦った人々のほぼ全てがこの世を去る。
体験を家族にも話さず墓場に持ってゆく元日本兵もいれば、遺言で証言を残してゆく元日本兵もいる。
NHK特集などを見ていると、あまりにつらく、また、話しても理解されないと思うため、むしろかえって死した戦友を冒涜してしまう、との思いから、あの戦争の話を伝えない、伝えることに大きな抵抗感がある、ということが伝わってくる。
戦死者の遺族に本当の死に様を伝えることは酷すぎるという思いも強い。
しかし、あの戦争の体験を、一日たりとも忘れたことはない、いまでもまざまざと戦友の最後をまぶたに思い浮かべることができる、と彼らは例外なく言う。
昔とは価値観も違う。生きていた社会も状況も、現在とはあまりにも違う。体験したものでなければわからない、という言葉がさらに沈黙を後押しする。
しかし、黙して語らず死んでいった元日本兵たちの多くは、過去を記録したメモなどを、劣化させないよう注意深く大切に保管していた。
それはどこかで、理解されなくとも、いや、どんなに努力しても理解させることができなくても、未曾有の経験を伝えたい、伝える義務がある、伝えなくてはあまりにも可愛そうではないか、本当の無駄死にではないか、との衝動に突き動かされてのことではないだろうか。
最早個人のレベルを超えた一つの使命感、感情、本能に突き動かされたからではないだろうか。
本書は、「英霊」いう美辞麗句が、あまりにも多くの日本兵が、戦うことさえ許されず、飢えと病気で、兵士としてはおろか人間としても何らの尊厳もなく、野垂れ死にさせられ打ち捨てられていった、という事実とその理由を見事に隠蔽し、あの戦争の根源に向き合うことを現在に至るまで回避してきた、というこの国、この国の人々のあり方を、鋭く突きつけてくる。
本書は、別段BC級戦犯を描いたものではない。それは筆者が自己を自覚するに至るあくまで舞台装置に過ぎない。
筆者は、一度は深く大東亜共栄圏なるものを信じ、あの戦争に積極的に賛成し加担した東亜青年であった、という事実を赤裸々に告白し、そして、そのことにより野垂れ死にした彼ら兵士たちに対して引き受けるべき責任感があるのだと感じ、本書を著したという。
本書により、読者は筆者から、魂鎮めの重いバトンを手渡されることになる。
月並みな言い方をすれば、この国は、虚心坦懐に、何者をもタブー視することもなく、あの戦争の総括をすること、をしないまま現在に至っている、そこにある問題とは何か、を本書は提示している。
同じ著者による「地獄の日本兵」(この本もすばらしい)以上に深く重い一冊であり、立場を問わず広く読まれるべき本であると思う。
あわせて、別の著者によるものであるが、「初めて人を殺す」、「戦場で心が壊れて」の2冊も読んでいただきたい。
本書とあわせ、ここ5年で読んだ戦争関連の本で、本当に大きく心を揺り動かされた、広く読んでいただきたい本である。
最後に、想像できないほどにさまざまな思いや葛藤、苦しみ、戸惑いなどがあると思いますが、元日本兵の方々に、今後10年の間に、多くのバトンを手渡して欲しい、と心から願います。私たちが再び誤りを犯さないように。
私たちは、そのバトンを必ずちゃんと引き継いでゆきますから。