犯人探しをメインとする推理小説においては犯人の心理を詳しく描くことが難しいという難点があります。犯罪を犯すような状況に陥った人には語るに値するドラマがあるはずなのに、それを十分に描けないのはもったいないことです。開き直って犯人が初めから明かされている小説というのもありますが、今作で森村誠一はそれとは異なるかなり思い切った策に出ています。登場人物のほぼ全員にそれぞれのドラマを与えているのです。それぞれの人物のドラマが微妙に絡まり合っているので、犯人以外の人のドラマも単に真犯人を隠すための目くらましという意味だけでなく、本作に文学的な味わいを与えるのに貢献しています。
『人間の証明』『野性の証明』と本作からなる証明三部作の中ではもっともエンタテイメント性が薄く、その結果唯一映画化されていませんが(映画化は不可能でしょう)、厚い作品であることもあって読了時の充実感では決して負けていません。“青春”という言葉の森村誠一独特の解釈も魅力的です。