面白い
★★★★☆
紫式部日記は面白い。枕草子とどちらが面白いか?それは読み手の価値観に左右されます。清少納言はいわばモーツアルトです。いつも才能に任せて笑っています。でもその背後には現実の悲しさが涙になる前で止まっています(宇野功芳)。そしてその悲しみは作品にはほとんど表れてきません。したがっていつまでもその思い出が残ります。それに対して紫式部は常識人です。正直です。自分の欠点と置かれた立場をよく知っています。最初こそその才気の現し方に戸惑っていますが、慣れと共にその才気の発現の仕方にも習熱してきます。相手や状況によって、引くべきところと押すところが見事に判断されます。日記で扱われるのは、ほんの数年です。その中でいろいろなイヴェントが生起しますが、それぞれを式部は吸収し女房として成長していきます。この作品は解説者による解説がすばらしすぎます。見事なまでにこの日記の背景を政治的にかつ個人的に解明していきます。でも原文を全て読んでいない私にとって本当にこれが正しい解釈なのでしょうか。
清少納言と紫式部が現代人で、共にブログをやっていたら…
★★★★★
とても分かりやすく翻訳してある1冊なので、お勧めだと思います。
…ところで私がこの本を読んだのは、長年の紫式部への「悪印象」を払拭する為でした。
私は清少納言の枕草子が好きで、清少納言の人柄も好きです。明朗快活で開けっぴろげな彼女の文章は、ややもすると軽薄とも見えますが、しかし実は枕草子が執筆された時期というのは、彼女が心から仕えた主君である定子が不遇だった時代であり、そして定子の没後でもあったわけです。それなのに清少納言は、そんな暗さなど全く感じさせない筆致で、楽しかった事を羅列していきます。ただ軽薄なだけの人ではない、まさに希有な魂を感じるのです。
一方で紫式部はその日記に見られるその人柄ゆえ、源氏物語という希有な作品以上には評価されてない印象でした。私なども「紫式部は日記で清少納言の悪口を書いてる」と聞いて眉を顰めたものです。しかし伝聞だけで判定するのはやはりどうかと思い、実物の紫式部日記を一度読んでみるべきだとも思っていました。
そうして今回この本を読んだわけですが、紫式部にはやはり清少納言のような魅力は感じませんでした。一言で言うと、ひたすら「普通の人」。特別悪くもなく、そこそこ良識はあるけど、これといった個性もない。他人の失敗や不運をこっそり嗤う程度には他人に厳しく、自分に与えられた些細な悪意に悲観して落ち込む程度には自分に優しい。清少納言は天真爛漫過ぎて時々ちょっとイタタな人でしたが、そういう意味では、本音を沢山の言い訳でくるんだ上で話す紫式部はイタタではなかったと思うけど、ある意味知能犯というか…。なんら特別な人ではなく、本当にごく普通によくいるタイプだなと思いました。だけどこういう人があの屈指の源氏物語を書いたわけで。本当に人の才能ってのはどんな風に隠れているかなんてわかったものじゃないなと思いました。
この本を読んで紫式部へ好感を感じたかといえば否ですが、でも悪印象はなくなりました。だって本当に意外なほど普通の人なんですから。
もしも清少納言と紫式部が現代人で、共にブログをやっていたらと思うと興味深いです。清少納言は時々イタイ事を書いて批判コメントがついたりして。でもきっと擁護も一杯つきます。紫式部は無難な記事ばかりを書いてあまり批判対象にはならないでしょうが、アクセス数は少ないかも。
紫式部ってこういう人だったんですね
★★★★★
冒頭の、道長の娘が御子を産む場面と、清少納言など同僚の女房たちへの批評の部分だけしか有名ではないので、全体を要領よく切り取って紹介しているこの本によって、紫式部の意見、考え方がよくわかりました。消息体の部分の訳が特に素晴らしく、最初は引っ込み思案だった紫式部がだんだんデキるキャリアになっていくのも楽しい。ぎっしり詰まった1冊でした。
後宮サロンは戦場!!
★★★★★
ビギナーズ・クラシックスに「紫式部日記」が登場です。
現代語訳と原文を並べて表記してあるのはもちろん
他のシリーズよりも解説が充実していまして、読み応えのある一品になっています。
世は摂関政治最盛期、
藤原道長は宮廷支配の為に娘の彰子を一条天皇の中宮に差し出し
源氏物語作者の紫式部も女官として招聘されます。
式部は作家特有の目で道長の宮廷の出先機関である彰子のサロンを生き生きと描き出します。
私的生活がまったく無く、公的な生活ばかりで緊張感溢れる宮中サロン。
優雅さから程遠い描写なのですが、それもそのはず、
道長にとってはこのサロンこそは権力維持の為の宮中拠点そのものだと
解釈された解説は非常に面白い。
そしてその様子を作家の目だけではなく
道長のスポークスマンとして式部は描いているのだ。
清少納言に対する視線は彼女を雇う道長のライバル政治家に対する牽制であり
彰子に対する視線は政局に巻き込まれた少女に対する同情の視線が垣間見える。
手紙の回し読みやサロンを訪れる高官の観察をしているあたり
宮中女官は文化の担い手ばかりではなく、政局の実戦部隊だったと感じられる。
あまりのサロンの殺伐さに愚痴る式部の文も感慨深い。
この本を読むまで、紫式部は割りと高慢な部分も持っていたのかな?と思っていましたが
張り詰めた彼女の職場のサロンの空気や、彼女自身道長のスポークスマンであったが為に
ああいった態度の文章を残さざるを得なかったのではなかったのかと思えてきました。
それほど宮中の競争は激しい。
もしかしたら江戸時代の大奥よりも遥かに恐かった世界だったのでは?と感じさせる本です。