重厚でしかも分かりやすい良書
★★★★☆
始皇帝、楚漢の戦い、漢の武帝、王昭君---。日本でも人気の高い秦・前後漢の時代だが、その400年を通観して詳しく解説した本は実はさほど多くない。そんな中、本書は各方面からの評価が高いようで、あちこちで引用されているのを目にする。内容は重厚だがよくまとまっており、通読すればこの時代(後漢半ば頃まで)のあらましが自然に理解できる。正史のほか、いわゆる「居延漢簡」など20世紀に発見された史料も豊富に示されており、竹簡に記された税金の申告書や兵営の備品の点検簿など、二千年も前の社会システムがけっこう今と似ている事が感じられて何だか嬉しくなってしまう。
やや残念なのは、資料が文献中心のため、内容がどうしても政治史・思想史に偏らざるを得なかったことか。このため、当時の技術水準や民衆の日常生活についての記述はあまり見られない。また、本来が1973年に出た本の改訂版ということで、最近の調査についての情報が乏しく、近年重視されつつある科学的手法を使った研究についても触れられていない。
とはいえ、最初の執筆から30年以上経った今も、決して古びない内容を持った良書であるのは確か。読み物としても面白く、特に入門者にお奨めしたい。
本格志向の概説書
★★★★☆
秦の始皇帝による中国統一から後漢の中期頃までを射程とする中国史の概説書で、著者は「東アジア世界」論の提唱者として名高い東洋史家の西嶋教授です。秦漢帝国の政治的・社会的・国際関係的なインプリケーションを見事に解き明かす、本格志向の出来栄えとなっています。
内容的には、皇帝制度の出現・安定の意義や儒教勢力の伸張過程などが大きく取り扱われているほか、やはり中国と外民族との関係には特に重きが置かれており、この時期に「東アジア世界」の原型が形成され、その後の地域国際関係のパターンに結びついていったことの意義が説かれています。最近はやりの「帝国論」的な観点からも興味深いものがあります。
そのほか、秦の郡県制からの漢の郡国制への移行の意義やその外交関係への影響、統治体制における民爵制度の意味合い、「塩鉄会議」の政治的なインプリケーションなど、漢帝国ファンには興味の尽きない話題が随所に散りばめられています。
一般向きの概説書であり記述振りは比較的平易ですが、大部なこともあり、秦だの漢だのに全く土地勘のない方にとっては読むのに些か骨が折れることでしょう。そうした意味では必ずしも最良の入門書とは言えないかも知れません。他方、東洋史ファンの方たちがこの時代の性格や意義について思いをめぐらすためには、たいへん良い本だと思います。
中華文明を決定づけた時代 -秦漢帝国を語る
★★★★★
中国最初の統一王朝である秦帝国と、以後の中華世界を決定づけた漢帝国を扱う通史。これは、以前講談社から『中国の歴史』として出版されたものを、学術文庫で復刻しているものの一冊。これまで『中国の古代』『秦漢帝国』『魏晋南北朝』『隋唐帝国』『モンゴルと大明帝国』『大清帝国』の計5冊が復刻されている。この『秦漢帝国』を担当された方が中国学の権威、西嶋定生氏で、これまで復刻されたもののなかで、一番記述が安定していると、個人的に感じる。この時代を大まかに分けると、秦の始皇帝による最初の統一王朝の成立、劉邦による前漢王朝の創始、王莽のクーデターによる漢の一時断絶、光武帝による後漢王朝の再興、そして外戚と宦官の横暴による後漢帝国の没落、魏、呉、蜀の三国鼎立、魏晋南塊??朝時代に至る滅亡への道である。この時期に起きたことはすべて巨大で、その後の中華文明のあり方を決定づけているという意味で非常に重要である。