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城をとる話 (光文社文庫)

価格: ¥660
カテゴリ: 文庫
ブランド: 光文社
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   本書は、1965年に「カッパ・ノベルス」から刊行されて以来一度も判型を変えて出版されることなく、幻といわれていた司馬遼太郎の名作を、初めて文庫化したものである。石原裕次郎の依頼で書き下ろされたというこの作品は、1965年1月から日本経済新聞夕刊に連載され、『城取り』と題された石原主演の映画は同年3月に公開されている。若き日の石原を彷彿(ほうふつ)とさせる豪傑な主人公・車藤左(くるま・とうざ)が活躍する娯楽要素たっぷりの傑作時代小説である。

   関が原の合戦を間近に控えた慶長5年(1600年)、車藤左と名乗る西国牢人が、会津上杉家馬回役・中条左内の屋敷を訪れる。ちょうどそのころ、上杉家にとっては、頭の痛い問題が持ちあがっていた。敵対する隣国伊達家が国境に築城をはじめたというのである。たった一人でその城を落とすと豪語する藤左。左内とともに敵の城を目指す藤左のもとにはやがて、地の利を心得た山賊、火術を扱う堺商人、村を治める巫女といった個性的な人物たちが集結する。

   この作品の一番の魅力は、司馬の著作『竜馬がゆく』の坂本竜馬にも引けをとらない藤左のキャラクターにある。突拍子もない作戦で敵をかく乱したかと思うと、あっけなく捕われてしまったりと、藤左の大胆な行動力が物語をテンポよくおし進める。藤左のリーダーシップや、目標に向かって自己を発奮していく姿、トラブルへの対処法などは、現代人にも通じるものであるだろう。ただし司馬は、藤左を英雄としては描いてはいない。息をのむような無常な光景が広がるラストシーンには、司馬の歴史観の原点を見る思いがする。(中島正敏)

「幻の名作、遂に文庫化」本の帯から ★★★★☆
ストレート、簡潔、テンポが良い、次から次へと、
鞍馬天狗(ご存知ない方には失礼)よろしく、
怪人二十面相よろしく、
物語がどんどん進んで行く。
まさに映画を見ているよう。
登場人物の個性や、そのしぐさ、心内などの踊り場がない。
時代背景などの寄り道がない。
だから、場面展開が速い。
その中に著者の人生観、歴史観がしっかり挿話されている。
桃太郎さんのお話しのように異才の人が集まり、
そのベクトルがそろうようで、そろわないが、
結果が次の結果を引き起こす。
おもしろい!
“おもしろきことの無き世をおもしろく・・・”
罪深い?
痛快?
読後に、酒飲んで、徹夜で語り明かせるような“青春”のテーマを感じる。
“名作”なるほど、と頷ける。
プロが描くアマチュアレベルの仕事 ★★★★☆
本作は、それなりの技量をもった大人が、その夢を実現しようした、
行き当たりばったりの奮闘を描く時代小説です。
「仕事のあり方」「男の夢」「現実」という普遍的なテーマを扱う小説のリアリティ度を
戦国時代の社会描写が大いに高め、テンポの良さと明快なストーリーがあいまって、
楽しみながら2・3日でサクッと読み終えることができる佳作です。

舞台は、関ヶ原の戦い前夜、対立関係にあった上杉伊達の国境に築城中の小城です。
浪人の主人公は上杉側につき、上杉藩士、堺商人、村の巫女、山賊といった面子を集め、
それぞれの能力を見極め、仕事を分担し、伊達領の城を乗っ取る計画をたてます。
現場で発生する想定外の事件は、まさに物語の英雄のように、
自らの胆力と魅力で切り抜けていきます。
一方で、準備不足、見込みの甘さ、組織の弱さ、情報不足といった、
段取り八分すらできていない、仕事師としての甘さが露呈していきます。

殿様になる、今でいえば、社長になる、政治家になるという夢を誰しももちますが、
大人になるにつれて、現実の中で生きていかざるをえません。
脇役である武士・商人・村人はみな本分を守り、
平凡に、地道に、コツコツ貯めて暮らしています。
作中で伊達政宗が、伊達家はそこらの出来星大名とは違うと語っているように、
大名家にしても数百年の歴史を経て、成り立っています。

こうした生活の集合が社会であり、城とは、その社会の力で作られるものです。
主人公はそうした地道な努力・背景を無視して、社会が作った城を乗っ取ろうとするわけですから、
少々仕事の腕が立つ程度では、そう簡単には成功しません。

アマチュアレベルの仕事を、プロの中のプロが描いたところに、本作の良さがあります。
関ヶ原奥州地方版 ★★★★☆
あまり注目されない内容ではあるが、物語の展開はおもしろい。関ヶ原決戦前に上杉と伊達でこんなことが起こっていたとは注目していなかった。一味違った戦国ものもそれなりに面白いものだ。歴史小説218作品目の感想。2010/01/10
男は夢を見て馬鹿をやり続ける生き物なのです。 ★★★★☆
久しぶりに司馬遼太郎の本を読む。
「城をとる」という、一人の男が小さいときからの夢を実現する稀有壮大な話。
 石原裕次郎に頼まれて映画の原作として書かれ、裕次郎主演、中村玉緒、松原智恵子、芦屋雁之助、滝沢修らが出演し、昭和40年に公開されたそうな。
「男というものは、子供のころからの夢をどれだけ多くまだ見続けているかで、値打ちの決まるものだ。」
「一番大事なものをかけねば遊びは面白くならん」
「男の情熱というのは、第三者から見れば常にむなしくばかげている。物狂いとしか見えない。その目的のむなしさ、行動がばかばかしくあればあるほど、その男はもっとも「男」にちかい男なのだ。」
「戦に勝つ大将とは知と勇だけではなく、鈍さがなければ。」
「どうせ物事の結果はいいか悪いか、勝つか負けるか、二つに一つしかない。いわば常に五分と五分である。その五分を悲観的に見る人間に物事は出来ん。」
「奪れる」と信ずれば奪れるものさ。
「方法を失ったとき人間はその目的にまで疑問を抱き始め、次には自暴自棄になる。」
「逆に方法が明快な場合、目的の意味無意味などには心を用いない。時には、勝てる。とさえ思えば、命さえ人間は賭けてしまう」
「惨憺たる状況の中で鋭敏すぎる者はいちはやく敗北感を持つ。敗北感を持った瞬間から自分が浮き足立ち、事実上の敗北が始まる。」
「才覚なぞは、上げ潮に乗っているときに効くもので、退き潮の時にはじっと身をすくめて時機を待つか、破れかぶれの一手に出るしかない。」

男は、・・・あくまでも夢に向かって、ばかをやり続ける生き物なのです。
男は、自分の今日の利益だけを考えてバブルなどと言う情けないものを作り出してはいけないのです。
ハラハラ、ドキドキ、娯楽…? ★★★☆☆
佐竹義宣の臣・車藤左を主人公とする異色の城取り物語。
一人で城を落とすと豪語する車藤左を中心とする痛快な娯楽小説です。
登場人物の車藤左、中条左内、遠藤三四郎に関しては、主家から察するに車斯忠、中条藤資、遠藤基信の一族でしょうが、詳細は不明。赤座刑部も牢人との事で赤座直保あたりとの関係は不明。
こういった(恐らく)架空の人物が主役だからこそ出来る破天荒な人物設定、物語展開が非常に心地良いです。
…が、残念ながらそれは中盤までの話。
どうにも車藤左の人物像が好きになれず、感情移入が出来ないからか、特に中盤以降はあまり読んでいて愉しくはありませんでした。
主役の藤左、何も考えていないにも程があります。
散々、役割分担と言いつつも、仲間の山賊や商人、巫女や、登場する庶民に活躍の場があまり無かったのも少々残念な所。
それでも、展開や結末にハラハラドキドキさせられっ放しだったのは確か。
完成度の高い小説で有る事は疑い様が無いでしょう。