魅惑の自然科学
★★★★★
ノーベル賞受賞以来、翻訳が相次ぐフランスの巨匠ル・クレジオさんが30年以上前に書いた小説ともエッセイともつかぬ作品。一応、主人公らしき少年はいるものの、メインは雲や風や海、人の顔や虫や都市。この世界にありふれた平凡な事物のなかに生き生きとした変化と動きとリズムを感じ取っています。翻訳も上手なため文章のリズムにも酔ってしまいます。ときおり思想的な断片が挿入されていますが、いかに「人間」的な思考が自然を凝固して動きを止め、本来の姿を見失わせているかを説き、世界の運動に身をゆだねること以外に我々のすることはないと言い切る。自然と人間を二項対立的に区分けするのではなく、すべてを貫くリズムを見出そうとするすばらしい本。
もちろん、子供の無邪気さや未開の人々の奔放さに安易に同化しようとするきらいがないわけではなく、その後のル・クレジオさん自身の書いてきたものを見れば、そうした「安易な同一化」がいかに権力的な視線とともにあるのかも反省されるところです。
しかしそれでも。自然を客観的にとらえると称するありふれた科学的態度とは真逆の、一級の自然科学の書だと思います。晴れた日の公園で、または海や山の木陰で、自然を感じながら読むべし。