進化理論の第一人者で、イギリスのサセックス大学の名誉教授であり、これまでの研究業績に対して、2001年に京都賞を受賞したジョン・メイナード・スミスと、若手の分子遺伝学者であるエオルシュ・サトマーリの共著。生命の成立、遺伝子問題から、性の起源、人類の言語の起源におよぶ、数十億年の進化の全歴史を網羅している。しかし進化とはいえ、恐竜や類人猿が出てくるような物語ではない。生物の進化の過程で見られる一連のメカニズムを、分子生物学の視点から説明しようと試みている。
両名は1995年に、生物学を専門とする読者を対象に進化の基本的な考えを説明した『進化する階層』(原題『The Major Transitions in Evolution』)を出版した。それに対し本書は、同じ内容を一般読者向けにかみくだいて著したもので、「生物学の予備知識はほとんど前提としていない」。とはいうものの、気楽に読み通し、理解できるとは言いにくい。基礎レベルの生物学を思い出しながら読み通す根気が必要である。
本書では、ダーウィニズムの立場に立ちながらも、新しい考え方や新事実を積極的に取り込み、納得のゆく論述を展開している。進化とは、世代を越えて「情報」が貯蔵され、伝達されていく方法を指すと定義し、その方法の変化を細かに説明している。複製する分子から始まり、人類の言語の起源に至るまで、情報伝達の方法の変化をたどっていく過程は、読む者を飽きさせない。(朝倉真弓)
「8つの謎」にこだわらずに読むべし
★★★★☆
本書の原題をあえて訳せば「生命の起源〜生命の誕生から言語の獲得まで」とでもなるだろうか。実際にはこの原題がぴったりする内容で、邦題の「8つの謎」にこだわると行間をうろうろと「謎探し」に迷うことになる。
副題にあるように進化を歴史的にたどることで、生命・生殖・発生・進化について一般向けに説明している。しかし最後に著者が「生物学者であって歴史家ではない」と言っているように、決して史実をたどることに重点を置くのではなく、ダーウィンの進化論をベースに選択と淘汰による分化を説明してくれる。
正直言って、個人的には割と読みづらかったのだが、難解な数式や化学式が出るわけでもなく、ポイントごとに簡潔な図版で示されるので平易で理解はしやすい。特に言語いかに獲得していったかというあたりは非常に面白かった。おそらく読みにくさを感じた原因となったのは、「8つの謎」が数えられなかったことに対する個人的な居心地の悪さだったと思われる。
生物システムの改変として見た進化
★★★★☆
原題はThe Origins of Life(生命の起源)である.原題よりも、訳本の題のほうが内容に近いと思われる.ただし「8つの謎」が何を指すのか、立ち読みの段階では分からなかった.訳者あとがきにも書いてない.多分著者のいう「主要な移行」、つまり、1.複製する分子→区画に囲われた分子の集団.2.独立の複製体→染色体.3.遺伝子および酵素としてのRNA→DNAとタンパク質.4.原核細胞→真核細胞.5.無性的なクローン→有性生物の集団.6.原生生物→動物、植物、菌類.7.孤独性の個体→コロニー.8.霊長類の社会→人類の社会と言語の起源.(31-34頁)を指すのであろう.本文の1章から13章までの記述も、この移行過程を順に説明している.(ただし、これらの移行ステップはそれぞれ解明が進んでいるのに「謎」とよぶのは疑問)8つの移行のうち1から6までは、通常の進化論の本でも扱われる課題であるが、8までも含めて直線的な説明をされると、いかにも人間だけが進化の頂点をきわめたと強調しているような違和感を覚える.通常の進化の本とちがって、この本では進化の過程で生じた具体的な生物種の名前が年代順に出てくることはない.いわばシステムとしてみた生物の変化を進化過程として解説している.捉え方はユニークであり、とても面白い.しかし一方、生物種に言及することが少ないぶんだけ生物学や遺伝学に詳しくない者には分かりにくい.この本を理解するには他の本や文献の助けが必要である.典拠となる詳細な文献がついていればもっとよかった.
哲学レヴェルは高いが・・・
★★★★☆
著者一流の文章と論理展開で議論を進めてあり、単なる知識の提示のみならず「議論の仕方」に感心させられる部分も多い。この本は生物学というよりは生物学の哲学の本だろう。高校生のときに学校で習う生物学(つまり暗記ばかりの退屈な勉強)とはまったく違う、エキサイティングな内容となっている。
しかしながら、日本語訳に問題あるのか、かみあわない箇所がいくつも見られる。あるいは著者自身の誤解も含まれているのかもしれない。哲学的レヴェルも高く、なんとなく読み進めると見落としてしまうが、精読すると腑に落ちない点が多いのが残念だ。