著者の真心を感じます
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その生い立ちから始まって、出逢った人々、訪れた各所、数々の作品、影響を受けた書物等から彼の生涯を丁寧に辿っています。
著者自身も表明しているように、従来の歪曲や偏見に基づくベートーベン像の払拭という目的を見事に果たせています。
ベートーベンの父・ヨーハンの抱いていたであろう父(ベートーベンには祖父)・息子両者へのコンプレックスの言及には、
自分がぼんやりと感じていたことをはっきり説明されて、長年の靄が晴れたような気持ちでした。
ヨーハンとベートーベンの関係はあまり良くなかったという認識でいましたが、必ずしもそうではなかったんだなと、意外にもまた嬉しくも思います。
欲を言えば2人の弟達との関係についてももう少し説明が欲しかったかなと思います(もちろん通り一遍の事は書かれています)。
詳しい言及が特に無かったということは新たに書くほどの事実はそんなにはないと判断されたからかもしれませんが。
主にナポレオンの台頭を始めとする社会情勢の変化や事態の流れをしっかり踏まえつつ、それがベートーベンの人生並びに
その創作活動にどのような影響を与えたのか詳しく説明していますので、ただ彼の音楽を聴いている時にはあまり意識していなかった
芸術(家)と歴史の複雑な関係に改めて気付かされます。この部分は同時にヨーロッパの歴史の概説としても役立つものと思われます。
また、ゲーテへの深い尊敬が作品の成り立ちに及ぼした様々な影響についての記述は非常に興味深いものでしたが、
ゲーテのみに偏ることなく、とても広い視野を持ち、様々な思想にも親しんでいたことを初めて知りました。
しかしこの点について自分はまだまだ勉強不足で、もっと色々な本を読む必要があるなと痛感です。
ベートーベン自身に関して言えば、(天才ってこういう人のことだったんだな)と、半ばあっけにとられるほどの凄さに脱帽です。
音楽のために神が地上に遣わした人としか思えない。次々と押し寄せる苦しみにさえも天意が働いていたかのような。
こういう人がいわゆる「世間一般の常識」の枠には収まらない人だったのはある意味当然だなと、心から納得です。
同時に、その才能に溺れることなく彼がどんなに努力をしたか、精神の力で数々の苦しみをねじ伏せて生きてきたか、それがよく解りました。
たくさんの素晴らしい友人達や支援者達に恵まれたことも、彼が決して才能だけの人ではなかったことを示していると言えるでしょう。
しかしこの本から一番感じたことは、青木氏のベートーベンへの深い理解と愛情とも言えるものでした。
主にシントラーにより広められてしまった非常に偏ったベートーベン像を確かな証拠の元に正し、新たな、そして真の
ベートーベン像の構築に、誠実かつ心をこめて取り組まれたことが文面からひしひしと伝わって来ます。
綿密な資料や長年の調査に従って書かれたこの本が「歪曲や偏見に満ちた従来のベートーベン像の誤りを正したい」という
著者の願いを叶えてくれるものとなるよう願いたいと思います。
ユマニストとしての人間的なベートーベンを理解できました。
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ユマニストとして、また苦難の人生経験を通して、崇高なるものに身を捧げる境地に至ったベートベンを、ロマンロランの伝記以上によく理解できました。作者は、彼の音楽を聴いて、戦後の虚脱から立ち上がった経験から、ベートベンの研究を開始されたとのこと。誠実に人生に立ち向かった人間としての共感が感じられます。素晴らしいお仕事を残してくださった青木さんに感謝。
水準の高い伝記
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新書版でページ数は少ないのですが、最新の研究成果を取り入れたベートーヴェンの伝記としては最高水準のものです。著者は、ベートーヴェンの不滅の恋人がアントーニア・ブレンターノ夫人であることを1950年代に世界で最初に主張し、その後、メイナード・ソロモンらの研究により裏付けられ、今日では通説となっています。著者の強みは長年にわたって現地調査を重ね原資料に直接あたっていることで、著者の研究がヨーロッパでも評価されてドイツ語訳が出版されたのも当然といえるでしょう。
昨年末、著者は惜しくも亡くなられましたが、もう少し生きることが許されていれば、浩瀚な伝記を執筆されたであろうと思われ残念でなりません。
ベートーヴェンの伝記は弟子とされるシンドラーの伝記が後世まで強い影響を及ぼし、有名なロマン・ロランの「ベートヴェンの生涯」にまでその影響が及んでいます。しかし、近年の研究によりシンドラーの伝記が事実を都合よく歪曲した部分が多いことが判明し(著書が指摘するようにシンドラーは、自分の見解にあわせるために勝手に貴重な資料を破棄することまでしています)、ベートーヴェンの実像はソロモンや著者によってようやく明らかにされつつあるといったところでしょうか。
ともあれ、ベートーヴェンに関心のある人は、この著書を読まずしてベートーヴェンを語ることはできない名著です。