日本思想史学の学問としての力を示す、待ち望まれた概説書
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日本思想史学の水準を示す分担執筆の概説書としては、およそ25年ぶりのものになるだろうか。現在の出版状況の中でこうした良書が刊行されたことをまず喜びたい。執筆者は、日本思想史学の分野で近年最も着実にアカデミックな蓄積を続けてきた、東北大学大学院の出身者を中心とするメンバーである。古代・中世・近世・近現代の思想史を、各時代の概説とそれぞれのテーマを持った25章、また各章に関連したコラムで論述している。
内容の充実度も期待を裏切らない。現在までの手にできる日本思想史の概説書としてこれ以上のものはないだろう。全体として、記述は政治史・社会史・文学史・美術史にも目を配りながら最近の研究成果を取り込んだ意欲的なものであり、学術的に中正な、王道を行く概説書と言える。しばしば個人的な思い込みが先行しがちな「日本」「思想」の分野であるが、それを解体しようとする批評理論とも距離をおきつつ、過去の知的営みへの敬意を持ちながら、良質なアカデミズムに基づいて研究しようとする姿勢が好ましい。その思いは、編集委員代表の佐藤弘夫氏の「あとがき」に熱く語られている。
歴史事項はかなり詳細に書き込まれているが、文章は平易・明快で通読するのも苦ではない。むしろ随所に新しい発見があり一気に読めてしまうかもしれない。特に挙げるなら、福島県の一国学者と本居宣長の往復書簡を軸にして、近世の思想状況の一面を描いた、第16章「国学と神道」が魅力的だ。
確かに、概念史的な部分はまだ弱く、全体を貫くようなテーマは見えづらいかもしれない。また、近世で崎門学派を独立して取り上げていないのは欠点と言えるが、それが全体の評価を損なうものとは到底考えられない。
日本思想史に興味を持つ人だけではなく、少しでもアカデミックな学問に関わりを持つ人には必読の書であり、今後現代の教養の水準を示す1冊になるだろう。