「哲学の全力は、死に対し、病いに対し、夢に対し、欺瞞に対し、確固とした判断を持つというところに存する。」(「序言」より)-哲学を学ぶ気持ちを鼓舞する言葉として、これ以上のものはない。この小林秀雄によるアランの翻訳書は、哲学の入門書としては抜群の充実度を誇るものである。説かれている内容は、書かれていることの3倍くらい詰まっている感じがする。じっくりと考えながら読まないと理解することはできない。前半の認識論は特に取りあげられている具体例をよく吟味しながら読解する必要がある。これは読み手に相応の努力を要求する書物だ。逆に言うと、アランは読み手に媚をまったく売っていないということである。後半に入って、判断や行為、道徳について書かれているほうは、幸福論の著者が面目躍如とする内容で、こちらから読み始めることを薦めたいくらいだ。たとえば「臆病と不器用とは剣士を作らぬ。」という言葉など。あらゆる技術の習得に通じる名言である。
解説の中村雄二郎はアラン著作集でこの書の増補版である『思索と行動のために』の訳を担当した。その中村がこの小林の訳を絶賛している。その小林曰く、「原著者(=アラン)はかなり早口に喋っているから、読者はゆっくり読んでほしいと思う。」(「訳者後記」より)-私は小林秀雄もアランも好きなので、この本は一石二鳥の読書効果を生む。だから本当は星五つにしたいのだが、慣れてない人が哲学の入門書とするのにはやや難解なので、星四つにした次第。