オフィーリアの遺書
★★★★★
ハムレットに捨てられ、錯乱の中に死んでゆく少女の幻想をたどる。読み手を変えれば、このオフィーリアはハムレットに捨てられたのではない、彼女自身の脳髄の必然によってこの世にいる場所がないから死ぬのであるとも受け取ることもできる。その間の微妙な心理を「妾(わたし)」の告白体で綴った短編である。「純粋小説」が論じられていた昭和6年頃批評家小林秀雄の珍しくも女心に筆を染めた短編小説として異色の作品と言えよう。
「ハムレット様」に呼びかける遺書の形をとって、一貫して彼女の内部にに生起する得体の知れない心理を水の流れのように滔滔と述べていく。
「みんなが妾につらく当たったのです。そして妾はへまばかりしてきたのです」「妾は、逃げます、妾に役は振られていません、二度と帰ろうとは思いません」
このようにして、裏切られ、疲れ果てて翌日は死んでいく前夜に書く遺書となっている。シェークスピアの悲劇「ハムレット」では、ここまでオフィーリアの心理まで迫れていないが、小林秀雄はそこのところをみごとに浮き彫りにしている。
「ねえ、あなたは聞いて下さいますね、妾はあなたが恋しい、どうしても恋しい」と繰り返すところに、救いを求める作品にしようとしたのかもしれない。