柴田氏のまな弟子によるすぐれた訳文
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「舞踏会へ向かう三人の農夫」の場合、柴田氏の訳文の影響からか、パワーズという人が、日本作家で言うと中村真一郎とか野間宏のような文体で書く人の印象があった。しかし本書の訳し方の影響か、パワーズという人は、「こころ」を書いた当時の夏目や、「渋江抽斎」を書いた時の鴎外に近い印象を持った。
英文を参照しながら、その文体をしらべてみたら、偉そうなことは言えないが、パワーズは高吉氏の訳し方のように、幾重にも多用される分詞構文と名詞構文を、いわば知的に・暴力的にぶつ切りにしながら、名詞主体に訳していくほうがいいように感じた。ドン・デリーロの「アンダーワールド」のように、主語述語の形式的な文体ではなく、名詞をたたみかけて、名詞の連続から生み出されるリズムを主体にした意味を重視する文体、そういう訳には本書の訳者のほうが適任って気がした。
むずかしい話になりましたが、原文のリズムを中心に訳文を構成している氏の訳し方は、パワーズやデリーロにぴったし嵌まっている、という印象を持った、ということです。現在、原文と突き合わせて読み進めること200ページ。読み進めれば読み進めるほど、氏の訳し方に、柴田氏とは生理的に違う何かを感じます。