「遠野物語」への誘い
★★★★★
99年前に、自費出版で350部発行された「遠野物語」、及びその増補版(昭10年刊)の現代人向け解説書です。物語の採集地遠野の地勢や歴史から、この書が生まれた経緯、物語の内容、この物語の研究の今後の発展の可能性などが、証言に基づきやさしく書かれています。「遠野物語」119話、「遠野物語拾遺」299話から、選ばれた幾つかの物語が、今風な主題にまとめられて、この物語世界への入り口を開けています。また佐々木喜善、伊能嘉矩、宮沢賢治、折口信夫、鈴木棠三などこの物語と関わりを持った人達が、丁寧に調べられていて、この物語の誕生の特異さと、同時にまた影響の広さが良く見えます。16年半に及ぶ「遠野物語」研究をされている著者ならではの綿密な解説です。
柳田は序文で、不思議な事実を記した同種の過去の二つの書物とは違った自作の優れた点を、「今昔物語」が、昔の話なのに反して、この「遠野物語」は目前の出来事であり、また妄想による作り話の「御伽百物語」に対して、自分が記したのは、現在の事実だと明言しています。その物語は、柳田を初めとした平地人を戦慄させ、心理を異常にさせるものでした。それを、近代の目で切り捨てずに、生活している事実世界として受け取り、その時感じ取ったままに記述、それが読者に伝わったようです。しかしもう一昔前になるこの話は、現在は単なる昔話なのか。あるいは昔話よりも深い層に潜む何かが見出せるのか。優れた本書の解説に促されて、遠野物語本文に向えば、人を虜にするあの独特な心世界の蠢きが始まるのではないでしょうか。
物語の文脈を知る
★★★★☆
『遠野物語』に関する評論や研究は山ほどあって、吉本隆明氏の共同幻想論をはじめとする思想的な「深読み」から、芥川や三島がこれを絶賛してから続く「文学」としての考察、また民俗学者が自己のルーツを探るためにもたびたび論及されてきたことは、よく知られているだろう。本書は、こうした先行の「読み」の数々を批判的に吟味しつつ、その上で、自身がこの古典的な作品をおそらく「なめるように」読み続け、さらに現地でのフィールドワークなども地道に行ってきた著者が、物語の成立してくる歴史的な背景と、その後の物語の展開について、新書の枠内であたう限り徹底的に紹介した本である。神話的かつだが同時代のリアリティももりこまれた物語の世界観、遠野という土地をとりまいていた(とりまいている)状況、佐々木喜善や折口信夫など物語の聞き手/語り手/書き手の歩み、増補版その他の二次的テクストと元物語との関係性、『遠野物語』の人類学的(普遍的かつ地域的)な可能性、などなど、それぞれ興味深い話題が満載であり、物語の副読本として使うととても有益である。