『海の詩』の第1曲目の名曲「海はなかった」に寄せて
★★★★☆
「海はなかった」は、1975年のNHK学校音楽コンクールにおいて高校の部の課題曲でした。広瀬量平の親しみやすいメロディはコンクールの課題曲らしくなく、岩間芳樹が書いたステキな歌詞がとても印象に残る曲で、高校生の感性に合うものでした。平易ですが、歌詞の意味を訴える表現力が要求される曲でした。
冒頭の女声2声で入る部分の寂寥感がなんともいえない魅力的な作品です。特に女声のメロディの上にかぶさるテノールのオブリガード♪どのはなそえて♪の寂しげで伸びやかな旋律箇所はいつ聞いても鳥肌が立ちます。全般に調性がマイナーなのも淋しさを募らせます。この曲だけ単独で、後に多くの合唱団で歌われたのも理解できるほど魅力的です。広瀬量平は、後に『海鳥の詩』の「海鵜」の後半部分にも同じような和声構成を用いています。
「海はなかった」で歌われる夏の終りは、他の季節と違って格別に寂寥感を伴うように感じます。暑ければ暑いほど過ぎ去った季節の強烈な残滓が肌に残っているわけで、皮膚感覚の淋しさが心の隙間に宿るようです。
混声合唱組曲として「海はなかった」「内なる怪魚(シーラカンス)」「海の子守歌」「海の匂い」「航海」の5曲で構成されていますが、組曲で歌われることはめったにありません。2曲目の「内なる怪魚(シーラカンス)」で使用されるトーン・クラスターの書法がアマチュア合唱団には荷が重いですし、3曲目と5曲目にソロがあるのも難点です。ただ4曲目の「海の匂い」はメロディ、和音とも、『海鳥の詩』の先駆となる要素を多分に含んでいますので、愛唱して欲しい合唱曲だと思っています。