慰めと喜びの、うれしい知らせ
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功成り名を遂げた英雄は、無事に引退できるものなのか?
まあ、よほどの仙人でもなければ無理でしょう。
ましてホーンブロワーは、まだ若い。まだ、40代前半です。
サーの爵位を得、バス勲章を付けた英雄が、領地で気難しくいらついている場面から、始まります。美しく高貴な身分の令夫人もいるし、血を分けた長男の赤ん坊もいますが、なぜかいらいら。
周りの人たちは、そのとばっちりを受けないように汲々としている。可笑しい。
その暗雲は、海軍本部からの一通の手紙で吹き飛びます。
艦長ひとりを随伴する戦隊司令官として任用したい、とのこと。
これですっかり自由の身だ。薬罐一杯の湯しかないあのいまいましい腰湯のかわりに、甲板洗いのポンプの下で行水ができる。自分の甲板を歩くこともできるし、海風を胸に吸うことも、このいまいましいタイト・ズボンを脱ぐこともできるし、二度とこんなものをはかないですむ・・・
延々とホーンブロワーの愚痴は続きます。(笑)
さて、ホーンブロワーに課せられた任務は、バルト海。ロシアとの修好、軍事援助です。
爆弾ケッチという新たなフネ(臼砲装備の小型艦)も手に入れ、何をするのか。
旗艦は74門戦列艦ノンサッチ号、艦長にはブッシュを得ることができます。
実を言うと、このあたりはちょっとつじつまが合わないのですけれどね。ブッシュはつい最近ようやく艦長に昇進したばかりですから、ホーンブロワーの例で言えばアトロポス号クラスがやっとのはずです。ま、これはこれでよしとせにゃ。(笑)
この本は、緩やかに始まり、途中でピッチを上げたり下げたりしながらだんだんと暗いロシアの平原に入っていきます。歴史上のナポレオンのモスクワ遠征の中で、支作戦だったフランス軍サンクト・ペテルブルク遠征部隊を、リガで迎撃するロシア軍に参加するホーンブロワーたち。
暗雲の中で、次々と人が倒れます。
そして最後は
「慰めと喜びの、うれしい知らせ」
帰る家がある人は、幸せです。帰ることができれば、もっと幸せです。
ホーンブロワー・サーガでもっとも嬉しいシーンです。
この本は、「サタデイ・イブニング・ポスト」に連載されたそうですが、ベンジャミン・フランクリンの時代から続いた中で、ホーンブロワーが初めてささやかな姦通場面を演じてしまったことで非難の嵐を浴びたそうです。
もてる男は、何をしてももてる。ウン。(笑)
本当にあった?ような戦い
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私はホーンブロワー・シリーズで、本書が一番気に入っています。
金持ちの奥さんと一緒になって、マナーハウスにおちついた主人公は、またもや海へ出たくなる。行き先はバルト海。ナポレオンとの戦いで、北欧諸国はフランスにつくか、イギリスにつくか大問題でした。イギリスにとっても北欧は木材、タールなど軍需品の主要供給地でした。主人公はまずバルト海の入口で、政治的な決断を迫られます。
やがて、ナポレオンはロシアに攻め込み(ということは1812年)、仏対英露という戦いが始まります。バルト海沿岸の諸港は、実は戦略的要衝だったようです。ロシアでは河川交通が重要。その河川とバルト海をつなぐのがリガなどの港で、物語後半はリガ攻防戦です。理にかなった展開です。
まことしやかに「戦争論」のクラウゼウィッツまで登場(実際ロシア軍にいたそうです)し、迫真の物語です。英国の雰囲気を楽しめます。