内容は良いけれど翻訳がイマイチ
★★★★☆
原書のタイトルにあるようにMiracle Medicine(奇跡の薬)の誕生の経緯について、関わったいろいろな人のインタビューなどももとにして詳しく教えてくれ、非常に面白い。訳者あとがきにもあるように、良いことばかり書いていて、裏のドロドロした部分は書かれていない感じもあるが。ただ、訳者が翻訳の専門家でないためか、日本語を読んでいるとそのまま原文の英語がわかってしまうような、ぎこちない日本語も目につくし、直訳しているために日本語では意味やニュアンスが分からないところもある。(例、「これらの結果は新患者への骨髄移植の問題を再考させています」)。イディオムの直訳も多かったが、これは避けてほしかった。訳者は製薬業界の人らしいが、その割には業界では標準的に使われない用語も使われている。訳者が違えばもっと読みやすかっただろうと思うので星1つマイナス。
「薬の底力」を確認
★★★★★
最近は薬害や副作用、医療費の高騰から来る「薬不信」の風潮があります。
たとえば、過去10年間で高齢者の肺癌治療にタキサンと胸部CTが導入されました。これらは高価なのですが、結果はみえにくいものです。伸びた平均余命は18日にしか達しません。余命1年延ばすのに403,142ドル(約4千4百万円)もかかる計算になります。(Cancer. Published online October 22, 2007)
そういうなか、明らかに人類に貢献した薬があります。こういうブレークスルー薬を7種類あげています(個人的にはリピトールは除外したいですが)。
つまり、アボット社のHIV薬、ノービアとカクテル療法。アストロゼネカ社の統合失調症薬、セロクエル。イーライリリーのインスリン。グラクソ社の喘息薬、アドエア(個人的にお世話になっています)。ジョンソン&Jの抗炎症薬、レミケード。これは効果うんぬんよりも、生物医薬品を世に送り出したことに意味があります。ノバルティス社のグリベック。ファイザーのリピトール。
この本の良いところは、開発者、企業経営者だけでなく、患者や工場の従業員の顔が見えるところです。グリベックの臨床試験に参加するために、スーザン・マクナマラさんと研究者との間でかわされた手紙のくだりは涙がでてしまいました。
また、各会社の歴史もおもしろいです。老舗製薬企業は南北戦争のころからの歴史をもっています。製薬会社は体力勝負ですから、どうやってその体力を手にいれたのかを、知ることができます。
文章も平易で、翻訳も見事です。読み物として、大変おもしろく読ませていただきました。
難病の特効薬に挑む薬学者たち
★★★★★
英文原書「Miracle Medicines」は2007年に出版。その邦訳が本年7月初旬に
出版された。致死的な難病に苦しむ患者の命を救った7つの代表的な「奇跡の薬」を創り出した人々(科学者、臨床医、製薬会社)の英知と執念を描いたドラマ集である。訳者は、東大薬学部出身の薬学博士で、製薬会社の研究所勤務。著者は米国の文系(ノンフィクション)ライターであるが、本書のサイエンス面の記述も正確である。訳者自身があとがきでも触れているごとく、本書を読んで、私が感じた第一印象は、「製薬企業を少し褒め過ぎている」であった。7つの話ともNHK「プロジェクトX」のごとき、困難・努力・成功といった「美談」ばかりだからだ。
業界を熟知している人々は私自身を含めて、「新薬開発の実状は、そんな感動ド
ラマばかりではない」「現実の企業人は、そんなに立派ではないし、もっと泥々
としている」と批判したくなる。確かに、企業人をきれいごとのみで語ることは
不可能である。しかしながら、金儲けだけでは説明できない、先端科学に挑戦す
る人々、また苦しむ患者を助けたいと熱望する企業人が、少なからず存在するこ
とも事実である。本書は、そういう、いわば「例外的な」7つの成功例(美談)
だけを選り抜いて収録したものである。もちろん、「失敗例」ばかり載せても、
本は売れない。
この訳本の副題は「百万分の一に挑む科学者たち」である。新薬開発の成功確率
は、現在「百万分の一」以下である。つまり、百のプロジェクト・チームが各々
一万の化合物を合成しても、その成功率は、一以下であるというのが、厳しい現
状である。それに負げず、努力と運を持ち合わせた企業やプロジェクトが少なく
とも7つ、新薬を最終的に市場へ出すことに成功した。
本書の第6章に登場する世界最初のシグナル療法剤「グリベック」(癌治療の扉を開く)は、その代表的な例であり、かつ科学的にみて、最も痛快な発明の例である。数年前、スイスの製薬会社「ノバーチス」から市販された稀少難病「CML」(慢性骨髄性白血病)に効く新薬「グリベック」の開発には、その病因 (「ABLーBCR」という染色体上の遺伝子融合) が判明してから、半世紀以上の歳月が費やされている。「ABL」と呼ばれるチロシンキナーゼの阻害剤である「グリベック」の開発には無数の人々が関与したが、その主役は「先見の明」があったノバーチスのアレックス・マターと臨床医のブライアン・ドルーカーであろう。
勉強になった
★★★★★
本書はプロのノンフィクション作家が、膨大な人にインタビューして書いた点が(回想記のようなものが多い)今までの新薬開発物語と違う。それから、患者が登場しているのもよい。糖尿病患者でヒューマログを注射しながらミスアメリカに輝いた女性、また、承認前の臨床試験に参加できなければ死んでしまうとノバルティスCEOに直訴の手紙を書いた白血病患者、など。また、学会発表のあと死が迫る患者から殺到する電話に対応した製薬会社のオペレーターの話も印象深い。
本書には個性的な人が大勢登場する。経営陣にプロジェクトを認めてもらうために、プレゼンで土下座をした研究者には驚く。今日本の製造現場では、こういう人がいるんだろうか。上司、会社の方針が絶対である管理主義について考えさせる本である。また、開発中の抗体医薬がこけたバイオベンチャーの章もすごかった。株価が10分の1になり、資金繰りが悪化、従業員を5分の1まで減らしていくときCEOが脳腫瘍になるが、彼が進めたものが死後にブロックバスターになる。科学技術以上に、研究者たちの意欲が大切であることがよくわかる。
難を言えば、当たり前だが7章ともインタビュー、エピソード中心の、似た流れ、構成になっている。私は勉強のつもりだったから良いが、小説と違って一度に全部読もうとしたら飽きると思う。
内容は良いが、一般向けでないのが残念
★★★★☆
【要約】新薬の研究から開発までの流れを、(良くも悪くも)プロジェクトX風に書き上げた本。
【読みどころ】世界の名だたるブロックバスターの研究・開発の経緯を浅く知ることが出来る。特に、プロジェクトの困難(毒性・物性・予算・経営陣との交渉)を、苦労しつつも1つずつ乗り越えていく様は非常に痛快である。私は企業の研究者だが、この本からブロックバスターのぶつかった障壁を知り、どんな薬にも障害はつきものであることに勇気づけられた。そして、研究者の熱い思いや研究に対する自信が重要であることを再認識できた。
【問題点】しかしながら、私が星5つをつけなかったのは、この本の難解さが理由である。内容は平易なのだが、製薬業界特有の言葉がちらほら見られるため、高校生などには不向きである(例えば、薬の『研究』と『開発』の違いが分からない人には不向き)。一応用語には説明があるが、2度目以降はほとんど断りがない。またプロジェクトがぶつかった問題について、どういう問題なのか、なぜ問題なのかが理解できないと、この本の面白みが半減してしまう点も残念である。
【その他】
・対象は、製薬企業研究者、国立の薬学部生、製薬企業に勤めたいと思う人などが最適であろう。最も適しているのはおそらく製薬企業研究者。
・日本語訳は良い。原著に忠実でありつつも日本語として読めるレベルであろう。
・日本人はほとんど出てこない(2〜3人に対し、わずかな記述がある程度)。