本能寺の変に至る過程を明智側の視点で描く。
★★★★☆
私は著者の歴史解釈に賛同する者ではない。例えばこの上巻では天正九年の馬揃えが信長の押しつけだったとしているが、現在はそもそも公武の対立は先鋭化しておらず、京での馬揃えの開催も、安土の左義長を耳にした朝廷の方が要請したとする説が支配的なはず。
しかし、歴史解釈の当否はさておき、本能寺三部作を完読して、本能寺の変及び前後の真相に「信長の棺」では太田牛一の視点で、「秀吉の枷」では秀吉の視点で、そして本書では明智側の視点で、それぞれ迫り、かつ三部作が互いに絶妙に関係し合って壮大なスケールの物語を構築していることに感心した。例えば多志のエピソードや左馬助が馬にのったまま湖水を渡ったエピソードが本作でこのような形で生かされようとは思ってもみなかった。まるで、ジグソー・パズルのあいた所が埋まっていくような快感だ。
そして、本能寺の変の一因であると多くの人が指摘する、秀吉との出世競争や信長の酷使によって徐々に光秀が追いつめられていく心理状態を、左馬助の観察を通して書くアイデアが秀逸。律儀な明智の家風と好漢・左馬助を知るためだけでも一読の価値ありだ。