秘密組織に違和感が…
★★★☆☆
1982年以来の再読。
アガサ・クリスティの作品を何年ぶりかで読みました。
冒頭の部分しか記憶していなかった本作品ですが、その感想は…。
歯科医のヘンリイ・モーリイのもとには、様々な患者が訪れる。
名探偵ポアロもその一人。
ある日ポアロは久々に憂鬱な歯科定期検診を受けた。
帰宅して、ほっと一息ついているところに、モーリイ歯科医の死亡の知らせが届く。
自殺だというが、動機が思い当たらない。
やがて、その日診察を受けたギリシャ人、アムバラオティスも死亡してしまう。
不審を抱いたポアロの捜査が始まった…。
この作品、題名から推察されるように、冒頭から何か大きな組織が背後にあることが示唆されます。
社会的犯罪が行われたのではないかというところが、捜査のキーポイントとなってきます。
しかし、この点が私にとっては違和感を感じてしまうところでした。
殺人まで犯してしまう巨大組織というのが、作者の作風に合ってないように思えたのです。
もともとリアリティを求めている訳ではないのですが、この作品世界なら、こういう組織犯罪もありかな、という実感が湧かないのです。
内務省退職官吏のレジナルド・バーンズという人物は、ポアロに対して、組織が絡んだ殺人事件で、事故や自殺で処理された実例を話します。
名探偵とは言え、一民間人にそんな秘密をペラペラと喋る官吏がいるでしょうか。
退職しても守秘義務はあるでしょうに。
人物設定にも、何となく違和感を感じてしまう…。
もっとも、事件の真相については、複雑なものがあり、伏線も巧く張られていて、後半のポアロの推理では二転三転する論理展開に、さすがミステリの女王と思わせるものはありました。
でも、やはり秘密組織というのが…。
田園風景の屋敷内での犯罪というのが、ポアロの推理譚には、一番似合っているように思いました。
ちょうど、歯医者さんに行った帰りに読み始めたので
★★★★★
ちょうど、歯医者さんに行った帰りに読み始めたので、びっくりしました。
題名は「歯科医殺人」でもよかったかもしれません。
イギリスと日本とで、歯医者さんの治療方法、通院の仕組み、保険の仕組みが違うのかもしれませんが、
描写が少しわかりにくいところがあり、現実味にかけるように感じてしまいました。
たまため、ちょうど歯医者さんに行ったかえりだったので、自分の経験との違いに隔たりを感じたのかもしれません。
ポアロが歯医者に通うシーンは、ポアロの個人的な生活を垣間見たような感じで、他の作品にないシーンで楽しめました。
緻密で複雑な構成
★★★★☆
本書は作者の黄金時代、あるいは大味な一発ものの大トリック時代である1930年代を経た1940年の作品で、本書を含めたその後の作品には、『白昼の悪魔』や『書斎の死体』、『五匹の子豚』、『ゼロ時間へ』など、派手さには欠けるが緻密な構成の佳作が多い。
その中でも謎と構成の複雑さにかけては本書が髄一で、江戸川乱歩は本書を作者ベスト8のひとつに挙げている。ちなみに、乱歩はこの時期の作品にお気に入りが多く、本書の前年の『そして誰もいなくなった』や、先に挙げた『白昼の悪魔』、『ゼロ時間へ』もベスト8に挙げている。
本書では、冒頭の歯科医の自殺(?)事件とその患者に対する調剤誤りによる致死事故(?)、その後に続く女性の惨殺事件が扱われている。惨殺された女性は当初インドで現地の人に伝道や発声を教えていた善良な婦人と思われたが、その後諜報部員の妻であると判明し、善良な婦人は謎の失踪を遂げていた。
それぞれの事件がどのようにつながるのかがなかなか見えてこないが、やがてイギリス経済を支える銀行家が犯人の狙いではないかと思われ、その銀行家から失踪した女性を探し出すよう依頼されたポアロは、苦心の末にようやく真相にたどり着く。
複雑な謎と緻密に張り巡らされた伏線が、最後にパズルの一片をも余さずピタッと当てはまるのが本書の見事なところではあるが、複雑すぎて初読ですんなり理解するのが難しいのが欠点でもある。
また、犯人は真の狙いである被害者の歯医者の予約時間に合わせて用意周到な犯行準備を行っていたのだが、いったいどうやって歯医者の予約時間を知ったのかが不明で、その点は多分にご都合主義的である。
なお、本書は作者お得意のマザー・グースを扱った童謡殺人ものとしても知られるが、単に章のタイトルに歌詞を並べているだけで、『そして誰もいなくなった』のように童謡の歌詞通りに被害者が殺されていく、いわゆる「見立て殺人もの」の面白さはない。
時代背景まで暗喩に組み込んだ傑作
★★★★★
1940年作品。この年はまさに第二次世界大戦中でそういった時代背景の中でこの作品が書かれたことを考えるとより一層クリスティーの凄さが感じられる作品だ。
この作品出だしがとっても変わっている。ポワロが歯医者にかかっているシーンから始まり、その歯医者が殺されるところから物語がスタートする。相変わらず完璧な薬・毒の知識が歯医者でも健在である。話はどんどん渦を巻くように発展し、非常に暗喩に満ちた作品だ。
最後にポワロの出す結論にただ唖然。複雑に組まれた結晶体のような傑作である。
これがベスト
★★★★★
最も好きなクリスティの作品です。派手なトリックがある訳ではありませんが、意外な真相が魅力的です。動機がクリスティ的でなく、またクリスティ的でもあるところがミソです。舞台・映像化された場合、最後の場面はきっと映えることでしょう。犯罪小説としても読むことができる一作です。