これはいつもの江上氏らしくない面白い傑作短編集だ。
★★★★★
本書は「五分の魂」「引き際」「非情人事」「悪い奴ら」「追い落とし」の5篇からなる短編集で、2005年12月から2007年12月のオール読物に初出誌の作品である。新鮮に感ずるのは、実在名を少しひねった得意の銀行物語が最後の1篇のみであり、その他は様々な業界の会社人事をうまく書いている点である。「五分の魂」は、電電公社が民営化してJTTとなり、その子会社JTTモバイルの次期社長第一候補の話。「引き際」は、珍しい信金の話だ。大東信金を中心に東南信金、東京西信金が統合したコスモス信金が舞台で、出身庫が違う理事長に側用人として仕える難しい立場の業務部長の話。「非情人事」は、居酒屋チェーン店を展開する赤坂フーズにみずなみ銀行から転籍した人事部長が、同じ銀行出身の専務からリストラを厳命され実行、そして自分は・・・。その腹いせに株式市場で復讐しようとする話。「悪い奴ら」は、本当に悪いヤミ金業で、ある老夫婦を徹底して追い込まざるを得ない主人公、自身も追い込まれる話。「追い落とし」は、いつもの十八番の日本興産銀行、扶桑銀行、第三銀行が統合したミズナミFG、傘下の投資銀行、商業銀行の頭取と副頭取の追い落とし画策とどんでん返しの話。いずれも興味深く早い展開でとても面白い作品ばかりだ。やや食傷美味のメガバンク、合併闘争、不良資産、銀行検査、反社会的勢力等々の話から、他業種の多方面の経営者や社員の悩みを掘り下げた企業小説に進んだ方が目新しく新鮮に映りいいかもしれない。