サイキック・サスペンス漫画の最高峰が帰ってきた!
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一、二巻を同時に購入したのですが、こういう新装版はつい旧版と見比べてどう変わったのか知りたくなるものですよね。
以下大まかなところです。
○カラーページの追加(林さんのヤマはやっぱりカラーページで見たいですよね!)
○旧版の表紙も良かったのですが、新版の表紙は断然カッコイイ! 帯の文句も良い! 二巻では文字通り水も滴るいい男となっている司の表紙に、帯で「お願いだ、わたしの嘘を、信じてくれ」と書かれています。
○だいたい一巻につき十数ページ以上描き直されたり追加されたりしています。全体は旧版のページの端を少し切ってズームアップした感じ。しかもどうやらクライマックスを150ページ以上追加するらしいので「リマスター・エディション」ってのも頷けますね。
○追加された部分では、能力の設定や状況背景をより丁寧に説明している印象です。あとは表情をより切なくしたり、「ペット」というタイトルの意味がわかりやすくなるようにしたりといった感じです。
……ただ、私が買った二巻初版では、旧版になかった誤植が新版になって一つ増えていました。台詞の中で「悟」とならなければ意味が通じない部分が「司」になってしまっている部分です。もちろん流れの中で意味は通じますし、こんな些細なことで『ペット』の魅力が下がるはずもありませんが、気づいてしまったので一応書いておきます。
『ペット』は、山本英夫の『ホムンクルス』や今敏監督のアニメを好きな人はきっと大好物に違いないので、そういった方はすぐ買いましょう。
このマンガがおもしろい理由は、
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三宅乱丈さんは、『ぶっせん』ではギャグ、この『ペット』では現実を戯画として描き、『イムリ』ではハードSFを展開、しています。
だいたい決め球が一個あれば上上なのに、三つもあります。それぞれ、絵柄も違えてます。
この作家を秤の片側に乗せたとき釣り合うのは、−−手塚治虫を別格として、思いつくままに書くと−−”楳図かずお””萩尾望都””諸星大二郎””ちばてつや””安達哲””とり・みき””よしながふみ””さいとうたかを””岡野玲子””高橋留美子”
マンガの話なのに野球のたとえで恐縮ですが、ストライクゾーンで勝負できる球が複数個ある漫画家たちです。探せばまだいるだろうから、この文章を読んでいる人はちょっと想像してみて。
それぞれの作家に、”あの名場面”を思い出せるはずです。
現実に生きている僕たちの記憶でもそうですが、よい”あの名場面”と悪い”あの名場面”があります。
そして『ペット』では、一番よい”あの名場面”をヤマと呼び、一番わるい”あの名場面”をタニと呼んでいます。
このヤマとタニの記憶の組合せが、個人の人格を司(つかさど)っています。なので、ヤマとタニを変えると人格が変わり、もしなければ、人格がないのと同じコトになります。
『ペット』とは、人格のない子供がヤマを、ヤマ親とでもいうべき存在からわけてもらった、ヤマ子供のことです。
ペットのヤマ親に対する愛情は、実際の親子より激しいモノに描かれています。
この愛情が憎しみにも似た感情への変化が、この物語の登場人物たちに大きく影響を与えます。物語の横軸といっていいのかも知れません。
縦軸は、他者のヤマとタニを操作する異能力者たちであるペットの闘いです。闘いの相手は、ペット同士であったり、ペットを支配することで荒稼ぎする組織であったりです。
で、このマンガがおもしろい理由は、
発達心理の学術書とでもいえる内容に闘いや異能力という服を着せ、その動きを描ききったところです。
なんか、フォーマルという装いを知っているからこそ、カジュアルという着くずしができるのだなぁ、なんて考えたりもしました。
三宅乱丈、畢竟の名作、復活!
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ターゲットの記憶や人格を操作する超能力と能力者同士の絆を逆手に取って束縛する組織を圧巻の力量で描写した傑作SFサイキック漫画です。
超能力「イメージ」と人間の精神世界を漫画化した手腕は荒木飛呂彦さんが考案した超能力「スタンド」と同様に非凡で、悪しき記憶内に出てくる虐待者(主に家族)が極彩色のオウムの様な顔や巨人として出現したり、ハラワタがはみ出た犬の死体が振ってきたり、記憶の中の記憶に現れた人物を入れ子やリカちゃんハウスの様に表現をしたりと唸らされる描写が有りました。
主人公同士の精神的結び付きに隠微な同性愛的薫りが漂い、流麗な絵にはかなり癖があり、かつ能力者によって精神を破壊された人間の元も子もない様子はかなり陰惨ですので、低年齢層には刺激が強すぎるかもしれません。
大人のSFや陰謀物、スパイ物がお好きな方や、現在作者が連載中でテーマに共通性が高い「イムリ」がお好きで未読の方には強くお薦め致します。
既にお読みの方も今回は終盤の巻に大幅な加筆修正が加えられる様ですのでお見逃し無き様。
「度胸星」や「天国に結ぶ戀」の様に突然の終焉を迎えた悲運の作品よりは一応の結末を以って完結した作品ですが、途中までの盛り上がりから観ると尻すぼみの感が拭えなかったので、実に楽しみです。