アンデルセンの出世作 (2 )
★★★★★
イタリアの自然や風物詩を詳しく綴った作品にゲーテの『イタリア紀行』があるが、28歳の時同地を放浪したアンデルセンのこの小説も前者に劣らない紀行文的な価値を持ち合わせていると同時に、彼は『即興詩人』をこの国で受けた豊かな自然に対する強烈な印象とカルチャーショックに、自己の愛のテーマと豊富な幻想を盛り込んだ思想小説に仕上げた。彼が童話作家となる前の作品で、ある意味では後の著作の思想的な原点にもなっている。特に第二部で彼自身の哲学を主人公アントーニオに語らせている部分がこの小説のクライマックスだ。カプリ島で竜巻に逢い、青の洞窟の中で生と死の間を彷徨する体験から、九死に一生を得てローマに帰ってからの虚偽と落胆の日々、ヴェネツィアへの旅とその地での旧知の人々との運命的な再会によって主人公の精神の放浪に終止符が打たれる。後半部に相次ぐ偶然の出来事は、既に前章までに総て伏線が敷かれている。しかも前半部でアントーニオと邂逅し、彼に強い霊感を与えたそれぞれの登場人物が、後半では全員明瞭な姿になって再現される。こうした文学的な技巧の凝らし方にもアンデルセンの処女作への野心を見ることができる。デンマーク語からの口語訳を果たした大畑末吉氏の努力に感謝したい。