仏教心理学,あるいは心理仏教学の良書
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本書の原題は,Buddhist Psychologyであるが,訳者は心理学者や仏教側の拒否反応を懸念し,「仏教心理学」という言葉をあえてメインタイトルにしなかったという。しかし,このような事情が最近になって少しずつ変わりつつある。アメリカ心理学会の学術誌にも,仏教に関するテーマを扱った文献が急速に増え,注目を集めている。本邦でも,仏教瞑想であるマインドフルネスを心理学に導入した書などが相次いで出版され,関心も高まってきている。
ただ,残念ながら,心理学におけるこのような展開は,その多くにおいて,仏教の教義が深く理解されないまま,単なる表層的な技法論に終始している感がある。つまり,仏教心理学として1つの形をなしているのではなく,従来の心理学に若干の仏教的な要素を取り入れた程度にしかなっていない。
その点,本書は,仏教への比重が大きい仏教心理学の稀有な書の1つである。本書の至るところにサンスクリットの仏教用語が散見されるが,それらが心理学との関係でわかりやすく解説されている。また,訳者の配慮により,サンスクリット語だけでなく,必要に応じて英訳語と漢訳後も併記されており,初学者にとっても非常に勉強しやすい。
本書の論点の1つに,自己は自分を守るための防衛構造でもあるが,自分を制限し,他者から切り離す「牢獄」にもなりうるという主張がある。たとえば,他者に批判をされると,怒りが生じ,これを正当化しようとする。このようなプライドや自己に対する執着に起因する怒りこそ,本書のタイトルにある「自己牢獄」の好例であり,これに打ち勝つためには自己そのものを超越する必要があるという。
このような考え方は,西洋の自己を中心とした心理学に対して,非自己(無自己)の心理学と呼ばれ,東西の知恵の大きな違いを表しており,今後の心理学にとってもチャレンジングなテーマであり続けるに違いない。