民族を越えた「人間愛」
★★★★☆
映画「バルトの楽園」が公開され、それに対して中村彰彦氏が自らの直木賞受賞作「二つの山河」の盗用であるとクレームをつけています。問題は、史実の部分とフィクションの部分があって、史実の部分であれば問題ないのですが、フィクション部分で同じようなシーンがあれば、これは問題だろうと思います。そんなこともあって、この事件の「真実」はどうだったのだろうという問題意識からこの本を手にしました。
もちろん、「日本人とドイツ人の国境を越えた友情」と副題がついているように、いずれにしても、民族を越えた「人間愛」がテーマです。
この本の一番の強みは、様々な史料を引用しながらの文章で、そこには「真実」の強みがありました。
例えば、映画ではベートーベンの「第九」の大演奏会がクライマックスでした。それこそが、民族を超えた心の通い合いとして描かれていました。
確かに、閣下と呼ばれている、捕虜のTOPが先に解放される時に演奏会は開かれています。ところが、この本ではその部分は数行しかありません。この日本で最初の「第九」に、それまで洋楽を聴いたことのない人たちが、多少はその間に耳慣れてきたとはいっても、そこに大きな感動が起こりうるでしょうか。むしろ、この本にあるように、沿道での「さよなら」「さよなら」の交換のシーンの方が遥かに信用できます。
更に、この本では「エピローグ」として、第二次大戦後のエピソードが取り上げられています。そこを読むと、この「板東」の地の出来事の凄さを感じます。
もう一つのこの本の良さは、第一次世界大戦の進行と並行して書かれていることです。そのために、捕虜たちの一喜一憂が手に取るように伝わってきます。
「バルトの楽園」と「二つの山河」の問題は、どうでも良くなりました。きっかけはどうあれ、この本を読んで良かったと思っています。