優雅に推理……しない。
★★★★☆
愉快な(?)探偵と、ものによっては30ページほどで片付けてしまう恐るべき使用人たちによる悲喜劇です。
つまるところは良作ミステリですね。
私は麻耶氏の作品はこれが初めてなのですが、なかなか変わった作風の方のようですね。
またお気に入りの作家さんが増えました。
巻末を見ると、「貴族探偵」は2001年に2回、2007年、2008年、2009年にそれぞれ1回ずつ雑誌に掲載された作品集であることがわかります(1話:ラヴ何とか-5話:オレオレ詐欺 の表記にて実感できました)。麻耶氏もそのことについてコメントされていますが、それが物語に害をもたらしている部分はとくに見受けられず、逆にこの異色作の異質さをさらに加速させる要素となっているのかも、などと思ってしまいます。
中でも1話、3話、4話は特に良くできていたのではないでしょうか。
変わったところばかり挙げてしまいましたが、ミステリとしてきちんと(しかも本格的に)完結し、
様々な手法にて楽しませてもらえるのが嬉しかったです。
地味ながら企みに満ちたパズラー短編集
★★★★★
著者の別シリーズの探偵役・メルカトル鮎は、『夏と冬の奏鳴曲』において、
〈銘探偵〉と自称し、推理の過程をスキップして、ただ真実を伝えるといった
役割を担わされていましたが、本作の貴族探偵は、そうした“託宣”を下す
こともなく、真相究明は使用人に丸投げし、自分は、事件関係者の女性を
口説くだけ――という、何ともオフビートな人物造形がなされています。
そこには、著者一流の深遠な“探偵論”があるのかもしれませんが、それは
さておき、本作自体は、ロジックに特化したストイックなまでにガチンコな本格
ミステリ短編集となっています(“物語”なんて、どーでもいいというような潔さ)。
一見地味に感じられますが、短編一つひとつに見逃せない“捻り”
や趣向が加えられており、パズラー好きには堪らない短編集です。
■「ウィーンの森の物語」
大事な商談に臨むため、山荘に来ていた会社社長を、
自殺に見せかけるべく殺害し、密室を構成した犯人。
しかし、被害者のポケットに部屋の鍵を戻すために使った
糸を回収しようとした際、糸が切れて現場に落ちてしまう。
その不測の事態に対し、犯人は……。
作中では、密室を構成する動機として“自殺に見せ
かけるため”以外にも、もう一つ挙げられています。
不測の事態を受け、犯人は臨機応変にもう一つの動機に方針転換することで
容疑を逃れようとしますが、ある“品物”のために馬脚を露してしまいます。
ベタでローテクな物理トリックの失敗を起点に、一風
変った展開を描き出してみせる著者の手腕が秀抜です。
■「トリッチ・トラッチ・ポルカ」
頭部と両腕の肘から下を切断された身許不明の女性の死体が発見される。
その数日後、被害者の頭部と両腕、被害者の所持品や凶器が発見される。
それらのものを河原に埋めていたところを目撃された男が、
容疑者と目されるが、その男には完璧なアリバイがあった。
のちに、被害者が恐喝者だった事実が判明。容疑者の男を
はじめ、複数の人間を強請っていた形跡が残されていて……。
××を彷彿とさせるシュールで破壊力抜群なトリックが
秀逸(両腕を肘から切断していたというのがポイント)。
さらに、現場の状況から、犯行時刻を絞り込み、
意外な犯人を導き出す手順もよく出来ています。
■「こうもり」
女子大生の紀子と絵美は、旅先の高級老舗旅館
で、人気作家の大杉道雄と堂島尚樹と知り合う。
大杉には、妻とその妹夫婦という連れがあり、彼ら
のあいだには、どことなく不穏な空気が漂っていた。
そして、案の定というべきか、殺人事件が発生し……。
表向きは、脱力感を誘う、安易なトリックが用いられていますが、
叙述の上で著者一流の超絶技巧が駆使されている集中の白眉。
作中人物と読者双方をそれぞれ別のポイントで欺瞞し、それに
よって生じる齟齬が、巧妙なミスディレクションとなっています。
■「加速度円舞曲(ワルツ)」
楽しみにしていた海外旅行の取りやめ、恋人の浮気の発覚、落石
による自損事故……と、まるで加速度がついたかのように不幸の
連鎖に見舞われた編集者の美咲。
たまたま事故現場を通りかかった貴族探偵の車で、落ちてきた石が
あったと思しき別荘を訪れると、担当している作家・厄神の死体が……。
時間を巻き戻していくように、事件の再構成が行われていくプロセスが秀逸。
迷信深い被害者のために右往左往させられ、自爆してしまった犯人が笑えます。
■「春の声」
名家・桜川家では、当主の孫娘の婿選びが行われていた。
三人の婿候補は、みっともない鍔ぜり合いを演じて
いたのだが、やがて不可解な連続殺人が発生し……。
当初想定された事件の構図を、ロジックによって完全に反転させる離れ業。
貴族の楽しみ・・・
★★★★☆
あらすじ
事件現場に颯爽と現れ、警察を顎で使い事件を解決する貴族探偵。
ただし推理などという〈雑事〉はすべて、使用人任せてしまい
探偵は事件の渦中にいる美女に声をかけ・・・
感想
探偵の定義は人それぞれで十人十色。
その中の一つに探偵とは「事件を解体する者」
と定義した人がいました(誰かは忘れましたが・・・)
なら、推理なんてものは解体のための手段にすぎず
程度の差こそあれ、どんな手段を用いても問題ないはず?
今作で登場する探偵は、自らの特権を活用し警察から情報を得て
しもべ達に推理をさせ、見事に事件を解体します。
その姿は可笑しくもあり、今までにあれやこれやで
ミステリーにおける探偵像に揺さぶりをかけてきた作者の
企てが炸裂します。
ところで話は脱線しますが、巨万の富を得た経営者の逸話で
専門家と呼ばれる人種に詰め寄られた際の話がありました。
『こんな問題を知っていますか?』
『いえ、知りません」
『あなたはなんて無知な人だ。こんな人が企業のトップですか』
そこで経営者は電話をかけ、受話器を専門家に手渡します。
『私のコンサルタントがその問いに答えてくれるでしょう』
高貴な趣味で探偵を行う貴族と、経営者では立場が違いすが
ちょっとした共通点があり、面白いと思いました。
読んでからの一言
探偵なんてものは、趣味でやるくらいでちょうどなんでしょう。
イメージが難しい・・・
★★★☆☆
麻耶雄嵩作品は初めてでした。
その点を恐れずにレビューを書きますが・・・
文体はごく自然な気がするのですが、
文章全体としてみると非常に読み進めにくかったです。
読み手側に場面のイメージ化を
強いる部分が多いような気がします。
肝心のストーリーは、日テレ土曜9時枠あたりで
ドラマ化しそうだなーと思いました。
そういう意味では、本格推理小説というよりも、
エンタメ小説というほうが近いのでは。
推理部分もちゃんと練られていたとは思いますが、
場面イメージが上手くできなかったので、
私には推理部分に面白さは感じられませんでした。
既存の筆者ファンであれば問題ないのかもしれませんが、
あまり万人受けする本ではないな、という感想です。
単行本でなく、文庫で良いのじゃないか?
★★☆☆☆
みずから貴族探偵と名乗るミステリアスな男が鮮やかに解決する、5つの事件。
正体は不明だが警察の上層部とつながりがあり、執事やメイド、運転手やガードを
従えて登場する、大変なVIP探偵だ。
しかも“探偵”と言いながら、推理するのは自分ではなく、その使用人たちなのだ。
「貴族はそんなことはしないでしょう。労働は使用人がするものです。」と言い放つ。
ふつう「安楽椅子探偵」は、情報収集は他人に任せても、自分はそれをまとめ推理し
解決に導くが、本書では推理、解決まで他人任せなのが面白い。
「佐藤は私の家の使用人です。あなたは家を建てるときに、自分で材木を削りますか。
貴族が自ら汗するような国は傾いている証拠ですよ。」と嘯く。
設定があまりに意外なので、その面白さはあるが、文字も小さいし、表紙は反るし、
全体としてあまり良い出来ではないように思う。
まあ、暇潰しには、ちょうど良いかも知れない。