最後の小説
★★★★★
「一身のほかに味方なし」
上は、かつての旺文社文庫版解説にて
青蛙房先代・岡本経一氏が
書いている綺堂翁の信条です。
相当折り目正しい方だったようで逸話と呼べる逸話が皆無だとか。
その「らしさ」は作中、丁寧至極な前説に発揮されています。
半七捕物帳は現代(明治時代)の若者「わたし」が
かつての岡っ引「赤坂の半七老人」宅を訪問する、
という紋切ではじまるので
時候の挨拶や近況報告をしつつ、昔の話に花が咲いてそのまま
江戸の風俗や時代背景、地理なんかについて詳細に説明がなされます。
この「前説」があるから不朽の名作は不朽なのかと。
実際、とても読みやすいです。
「それで、どうなりました」と話の先を急ぐ「わたし」は
それがいつの時代(平成の今も)読者の気持ちに通じている訳で。
ほかにも
夏の暑い日には半七が道の木陰を選って歩いたり、
頼まれた内容によってはやる気が出なかったり、
半七がしくじった時に大樹の上で梟が笑うように鳴いたり、
寒さ凌ぎに一杯飲んだり、考えがまとまらなくて湯に入ったり、
何ヶ月も事件が長引いたり、猫がたまたま鳴いて事件が解決したり。
人間くさい。それが綺堂読み物の醍醐味だと思います。
連載の最後となった「二人女房」も収録。
半七・幸次郎・善ぱが連れ立って
府中の六所明神(大國魂神社)の参道で大木を見上げたりしています。
収録順序は「白蝶怪」が末尾です。
これは半七の養父・吉五郎が主役の長篇なので、多少趣きが異なるかと。
<六>巻には岡本経一氏の解説と作品年表付きです。
紙質・裁断は文庫ではいい方だと思います。
ただ「大型活字版」の為、今までのものに慣れている方は
字面が詰まっているような印象を受けるかもしれません。