怪談の名手が差し出す中国志怪の文章の妙
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六朝(りくちょう)時代の『捜神記(そうじんき)』から、唐、五代、宋、金、元、明と来て、清朝の『閲微草堂筆記(えつびそうどうひつき)』まで、中国歴代の小説・筆記の中から二百と二十の怪談、奇談を抄出した一冊。
岡本綺堂の訳文が、まず、素晴らしいですね。変にあざとかったり、自己主張したりすることのない、いっそ清々しいほどさっぱりとした訳文の心地よさ。さすがに、怪談の名手だけありますね。話の素材をよく活かして、淡々としたなかに味のある文章に仕上げているものだなあと魅了されました。
例えば、怒り心頭に発した男が、天に向かって言い放つ罵詈雑言(p.70 「雷を罵る」)の、何て気持ち良かったこと! 大見えを切るが如き威勢のいい台詞に、胸がすっとしました。
あるいはまた、次の文章の凛としたたたずまいの見事さ。格調高い文章の風情が、何とも言えず、いいですねぇ。惚れ惚れさせられます。
<そこに古寺があったので、彼はそこに身を忍ばせていると、ある夜、風清く月明らかであるので、彼はやるかたもなき思いを笛に寄せて一曲吹きすさむと、嚠喨(りゅうりょう)の声は山や谷にひびき渡った。たちまちそこへ怪しい物がはいって来た。かしらは虎で、かたちは人、身には白い着物を被(き)ていた。>(p.169 「笛師」)
ほかの怪異談とのつながり、通じ合う響きの妙を感じたことでは、『夷堅志(いけんし)』の中、「鬼に追わる」(p.233〜235)の話が印象に残ります。寺の住職が、客室の怪を語る件り。ネタバレの恐れがあるので詳しいことは書けませんが、怖さのツボにあたる箇所が、下記の作品と似ているかなあと。
◆エルクマン=シャトリアン「見えない眼」(『恐怖の愉しみ 上』創元推理文庫所収)
◆江戸川乱歩「目羅博士の不思議な犯罪」(『屋根裏の散歩者』春陽文庫所収)
◆牧 逸馬「ローモン街の自殺ホテル」(『牧 逸馬の世界怪奇実話』光文社文庫所収)