将棋の戦法は常に進化している。いま最善手だと思われているものが、数年後には陳腐化した定跡になる可能性もある。新手への対策を考えて対局に臨むのも1つの方法だが、羽生はあえて新手を創造する側にスタンスを構える。「(対策ばかりを)棋士全員が考え始めたら、考える楽しみもなくなるしハッとするような手も少なくなる」。そして、創造力を高めるのに気を配るのが、体力と気力の充実、情報の選択と判断、感性を磨く、の3点だという。
天才なればこそ言える言葉かもしれない。しかし、行間からうかがえる彼の人物像はきわめて一般のそれに近く、その発言はシンプルで論理的である。本書を羽生個人への関心からひも解くのも1つの読み方だろう。しかし、次代を切り開く創造性が求められているのは、むしろ変化の渦中で混沌とするビジネス界の方だろう。とすれば、羽生の創造的思考法を生み出すヒントやアイデアが満載されているこの本は、出口の見えないビジネスパーソンにこそ読まれるべきといったら言い過ぎだろうか。(江田憲治)