上巻と同様、怪異譚、エロチシズム、スカトロジーなど、筆者の趣味が作品の選択に反映
されています。原典の初出順に話が並べられているわけではないので、本書から読んでも
さしつかえないと思います。「あとがき」がある分、こちらの方がかえってよいかもしれ
ません。「あとがき」では『今昔物語』を手がかりに、幸福について語っておられます。
原典は12世紀に成立していますが、本書には平安期の闇といったものをいささかも感じ
させません。たとえば諸星大二郎さんが描くなら、正反対の作品集になったと思います。
やはり作家の個性が出るのだなあ、と本書を読んで感じました。なにせ一番恐いのはタイ
トルページの絵ですので。むしろ明るさが全編にただよう作品集です。
「生霊」という作品では例外的に、先生ご自身が冒頭に出演され、案内役をつとめられて
います。このように水木色をもっと出せば、作品としての評価も上がったのではないで
しょうか。
内容的にあっさりしているので星3つとも思いましたが、いつものごとく風景が過剰なま
でに緻密に描かれていますし(この画風になじんでしまうと、他の作家の作品がまっ白に
映ってしまいます)、人物の輪郭を肉太で描く、昨今の力強いタッチを堪能できますの
で、星4つとしました。
なお単行本には「マンガ日本の古典」の刊行を告知するしおりがついており、そこには水
彩画で描かれた先生の自画像がちいさく印刷されています。
「ねずみ大夫」
「安倍晴明」
「稲荷詣で」
「幻術」
「妻への土産物」
「水の精」
「墓穴」
「引出物」
「外術使い」
「寸白男」
「生霊」
「蛇淫」
「あとがき」
安部晴明に関した話が一つ収められていますが、あくまでも、こーいう人がいたそうな、という話に留まっているので、安部晴明狙いの人はわざわざ購入する意味は無いでしょう。
なんとなくやせてて聡明そうなイメージの安部晴明を今まで持ってたのですが、水木しげるの描く安倍晴明は神経質そうな中年太りの気象庁勤務のおっさん、という感じがかえって新鮮で良かったです。(表紙のカラーイラストの人物がそうです。)
上・下と読んで思うのは、昔の人たちの性に対するおおらかさ。娯楽が少なかったからなのだろうか?