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世界は村上春樹をどう読むか (文春文庫)

価格: ¥690
カテゴリ: 文庫
ブランド: 文藝春秋
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企画者・参加者たちが楽しんでいることが伝わってくる ★★★★☆
私はとくに村上春樹ファンではないが、
一人の存命の作家をめぐって、
各国の翻訳者たちが一堂に会してシンポジウムを行なうということ自体、
文化イベントとしてきわめて珍しいことだし、
当日はかなりの盛会だったらしく、その熱気のようなものは、
ただ読んでいるだけでも何となく伝わってくるので、
ファンなら本書を読まない手はないと思う。

各国の翻訳者たちの発言からは、とくにアジア諸国において、
ひとまず近代化が達成され、相対的な停滞期に入った社会で、
村上春樹の作品を同時代を代弁する声として受け止め、
受容する動きが生ずるらしいことがわかるのだが、
そこまではまあ、普通に予想がつくことでもあって、
とくに驚くべき話ではない。

ひとつ面白く感じたのは、
「グローバリゼーションのなかで」と題されたシンポジウムの終りに、
司会の四方田犬彦が、「最後に素朴な問いを出したい」と前置きした上で、
「どうして春樹のアラビア語訳やウルドゥー語訳が存在しないのか。
 これは言語をめぐる政治の問題だ。世界が春樹を読む。
 大いに結構だが、その場合の「世界」とは何なのか。
 端的にいって勝ち組の国家や言語だけではないのか。
 ここに排除されているものは何なのか。誰なのか」
と述べていることだ。近年、旧ユーゴやパレスチナといった、
いわゆる「負け組」国家・地域への丹念な取材を続けている、
四方田ならではの冷静な問いの立て方を評価したい。

実を言えば、四方田はあとがきのなかで、
打ち上げの際、さる女性の翻訳者とたまたま二人っきりになり、
「あなた本当はハルキって、全然好きでも何でもないのじゃない?」
とズバリ訊かれ、黙ったままでいると、
「だいじょうぶ、他の人には黙っててあげるから」
と言われた、という挿話まで披露しているのだが(笑)、
これについてはむしろ、柴田元幸ら他の編者たちの
寛容さを評価すべきかもしれない。
翻訳者の集い ★★★★★
村上春樹の作品が、最近世界中で人気らしい、と聞いてはいたけれど、これは結構凄いことだと思いました。「羊をめぐる冒険」など5冊限定(5冊満点)で翻訳状況を表した世界地図を見ると一目瞭然。アジア・ヨーロッパを中心に34カ国で翻訳・出版されています。ということは、それだけ翻訳者がいる訳で、2006年3月に20人の翻訳者が日本に集いシンポジウムを開いたそうです。この20人の顔写真もなかなか壮観です(氏名だけでは英語圏以外の人は性別すら分からない。でも全員が日本語が堪能なことは確か)。この参加者達が自分の訳書を持ち寄って一言ずつコメントしただけで、セッションがひとつ成立してしまい、その表紙を一列に並べただけでこの本の表紙デザインが完成するという、なんというか・・・。
村上春樹の読まれ方を各国在住の翻訳者が紹介してくれるのだから、それは確かな話だろう、と興味津々で読みました。各国の社会情勢と村上春樹受容の関係という話題が多かったかな。他に一人一人のコメントは短いけれど他では絶対に聞けないようなレアな情報が満載です。例えばドイツで村上春樹ブームが始まったのは2000年6月30日夜のこと・・・。
もう一方で翻訳の際に苦労している点など、翻訳談義も柱のひとつだったようです。短編2編を参加者が実際に訳してみて討議するというワークショップの紹介もあります。独特の文体を活かすのが難しいらしい、ふむ。翻訳って大変だし、責任重大なんだな、と思いました。でも参加者がとても楽しそうに苦労を語り、誰もが村上春樹が大好きだ、という雰囲気がとても良く伝わってきました。
世界でもこんなに読まれてます ★★★★☆
村上春樹の作品は、世界40カ国くらいで翻訳されている。『ノルウェイの森』はドイツで10万部以上売れた。韓国には春樹世代っていう人たちがいる。ウォン・カーウァイの映画が村上春樹っぽいのは気のせいではない。

これって、何でなんだろう?という素朴な疑問からスタートして、世界中の村上春樹作品翻訳者、研究者が集められて日本でシンポジウムが開かれた(聴講したかった。。。)。本書は、主催者たちが編んだその記録である。

日本が村上春樹をどう読むかということもまだあまり固まっていないわけで、今後どうやって評価が固まっていくのか(あるいは揺れ動いていくのか)というのも、興味深い問いではあるが、ところで世界はどうなの、って考えてみるのは面白いし、新鮮である。それに、そもそもそういう問いが成立する現役作家というのは、世界でたぶん10人くらいしかいないのではないだろうか。売れている作家はたくさんいるけど。誰も「世界はダン・ブラウンをどう読むか」という問いは立てない。

村上春樹の作品というのはいろいろな読みに開かれている。不思議なことに、世界中の人が作品を読んで感動することができる。たとえば、モンゴル人は『羊をめぐる冒険』を読んで、自分たちだけがこの作品の真価を理解できる、と言ったらしい(羊が友達だからね)。

本書でも触れられているけれども、村上春樹の作品の主題のひとつは、他者を理解することの絶望的なまでの不可能性である。一緒に住んでいる妻が、猫が、またあるときは恋人が、親友が、急に失踪する。理由なんかはぜんぜんわからない。理解不能である。そして、ここがおもしろいと思うのだけど、他者を理解することが絶望的なまでに不可能である、というような主題を持つ作品群が、世界中で理解されているのである。

みんな隣にいる人のことが実はよく分からない。けど知りたい。そういう人たちでこの世界はできていて、そういう世界だから、冒頭に書いたような現象が起こっているのかもしれない。