こういう本を読みたかった。
★★★★☆
バロック音楽に興味があって(とくにヴィヴァルディ)、
この時代の背景などと音楽の発達や変化を絡めた著作を探していたが
今まで手に取った本はそうした興味関心を満たしてくれなかった。
だがこの本は違う。
さすがに冒頭は、フェリックス・アーヨと
イ・ムジチネタから始まっていくが
筆はすぐに17世紀初頭のイタリアのマントヴァに飛ぶ。
ひとりの音楽家が教皇パウロU世に自作の曲を献呈するためローマに向かっている。
手に携えているのは通常通りの形式を守った合唱曲と、
管弦楽を輝かしさを存分にふりまきながら進む「聖母マリアの夕べの祈り」。
これが初期バロック最大の音楽家といわれるモンテベルディが本書に登場する場面。
「モンテヴェルディが作曲したふたつの作品は、
同じ人の手によるとは思えぬほど、スタイルが異なっている。
六声のミサ曲が合唱を主体として渋く、厳粛に綴られているのに対し、
聖母マリアの祝日のための音楽は、
独唱、合唱そして管弦楽を対比も豊かに用いて、
まばゆいばかりの華麗さを発散しているのである。
異なった書き方の音楽がこのように並び立つということは、
それまでの音楽史においてはとうてい考えられなかった」
この後は、的確な歴史把握と描写を交えながら
バロック音楽の歩みが綴られる。
無味乾燥な教科書風の退屈はどこにもない。
周辺の他ジャンル文化、政治状況、楽器の発達なども書き記され
それらがバロック音楽という一枚のタブローに納まっていく。
西洋音楽史はバロックから押さえる
★★★★☆
最初の勤務地が大阪であった評者にとって、最も沢山足を運んだコンサートは朝比奈隆と大阪フィルの演奏会。朝比奈先生とは同じエレベーターに乗ったこともある。だからということでもないが、昨年生誕100年だった朝比奈の生まれた1908年が大昔という感覚はない。祖母は1910年代の生まれであり、つい先日まで存命であったし、そう考えると、第一次世界大戦もロシア革命もそんなに昔という気は全然しない。これは個人的な感懐に過ぎないのか。
第2次大戦なんて、ほんの少し前の事件であり、高度成長期にはこちらはもう生まれており、朝鮮戦争、ベトナム戦争も、さらに70年代の石油ショックなど現代史というより、「こないだの騒動」という気もする。
こういう私的な感懐から敷衍するわけでもないが、ベートーヴェンが生まれた1770年はフランス革命に先立つこと20年弱・・・。といっても勿論、18世紀が近いわけではないが、朝比奈はフルトヴェングラーに逢っているわけであり、フルトヴェングラーは19世紀末に生まれていることを考えれば、その世紀の初頭どころか30年代の手前(1827年)までベートーヴェンは生きていたのである。フルトヴェングラーにとって朝比奈は子供世代、ベートーヴェンは曽祖父世代ということになる。細かいことを気にしなければ。
以上を踏まえれば、ベートーヴェンの生まれた18世紀末と19世紀初頭は、そ〜んなにも遠いとは思えなくなってくる。
漸く本書だが、この本は、そんなベートーヴェンおじいさんの前までの音楽史を描いている。
案外とそんなに昔のことでもない・・・とは言えないまでも、古典派、ロマン派より以前の昔過ぎるわけのわからん時代の音楽という意識は薄れてくる。
まあ、それもこれも、評者がこのあたりの音楽史に疎いからであろうが、普段馴染んでいる古典派・ロマン派まで、それ以前の曽祖父世代を押さえれば、音楽史は途端に見えやすくなってくる。
礒山の記述は誠に平易簡明であり、煩瑣な音楽理論は少なく、すいすいと読める。
ルネサンス以降、近代西欧の成り立ちも基本からわかる結構であり、バロックが途端に身近になる気がする。西欧諸国の国民性の違いも音楽史を通してよくわかる。
とは言え、さすがにモンテヴェルディともなってくると、偉大なるおじいさんのそのまたさらに偉大なる曽祖父・・・という感じは否めないが。バッハまでなら、ベートーヴェンの曾おじいさんで通る。そうなればこっちのもの??