シー・チェンジ
価格: ¥2,548
ベックは気が滅入っている。心の底から滅入っている。その気持ちは、たとえ「Lost Cause」、「Lonesome Tears」、「Already Dead」、「Nothing I Haven't Seen」といったタイトルで強調しなくても、やるせないほどに悲しい詩と一点の曇りもなく物憂げなサウンドが物語っている。1998年リリースの前作『Mutations』は議論の余地はあるもののこのシンガーソングライターの最高傑作であり、本作とは魂の同類と言える。だが、前作が断固たる自己分析に満ち、「Tropicalia」などに代表されるような場違いなまでの陽気さにあふれていたのに対し、本作にそうした要素はない。本作でのベックはぼんやりとした、ほとんど居眠り病のような音楽で倦怠感を膨らませている。
けれども悲しいのは必ずしも悪いことではない。憂いを帯びたトーンにもかかわらず、本作は賞賛に値すべき点にはことかかない。それは、ナイジェル・ゴドリッチ(『Mutations』やレディオヘッドのプロデューサー)がベックの憂鬱を、優しいストリングスと効果的な音による温かい毛布でくるんでいるからではない。ゴドリッチがダニエル・ラノアのように全編にわたってベックと心を通い合わせているからであり、ベックの最も飾り気のないナンバーでさえ、大波のようにうねる雰囲気の恩恵を受けている。なかでも「Paper Tiger」では顕著であり、このゆっくりとしたテンポで組みたてられたナンバーは、気だるいオーケストレーションとベックののらりくらりとした無表情なボーカルで進行して行く。黒インクのように真っ暗な気分の「Round the Bend」は、くぐもったボーカルによるスローテンポの冷たい葬送歌であり、この上なく陰鬱な「Already Dead」を除けばこれまでベックの書いた楽曲の中でも最も暗いナンバーかもしれない。ベックの世界で何が起ころうとも、少なくともリスナーの知る限り、彼は余分なものを削ぎ落とし心を浄化しているのだ。そして、それはあらゆる点から見て、リスナーの魂以上に彼自身の魂にとってずっと大事な行為である。(Kim Hughes, Amazon.com)