それから数か月、幾多の困難を乗り越えて小さな会社を興し、数々のわがままな客をなだめ、おとぎ話のような結婚式のプランを練って実行し、ディケンズの作品に出てきそうな心引かれる2人の浮浪児の援助などをしているうちに、キャシーとトムは徐々に仕事に懸命に取り組むようになる。そして、かつてのダブリンでは考えられなかったような、おいしい料理が誕生していく。
ビンチーは物語をつむぐ達人である。彼女の手にかかれば、職場内の人間関係というありふれた日常生活も見事なつづれ織りに仕立て上がる。トムとキャシーを取り巻く人物たちも2人に負けず劣らず生き生きと描かれている。たとえばキャシーの夫のニール。彼はエネルギッシュな弁護士で、自分のことより世の中の問題で頭がいっぱいだ。トムのガールフレンドのマルセラはトップモデルになることしか頭にない。中でも最も魅力的なのがモードとサイモンだ。親に放棄されてしまった2人はニールの従兄弟で、ともに8歳。騒ぎを起こすのと珍妙な質問が大得意だ。お客さんと家族、友だちと敵が一同に会せば、愉快でビンチーらしいベストセラーのできあがり。
トムとキャシーの仕事は作家ビンチーの仕事とさして変わらない。作家と同じく、結婚式や葬式から男女の出会いや人との再会まで、人生で最も重要なイベントを効果的に演出するのが彼らの仕事である。年の瀬を迎えるころには、トムにキャシー、ニールにマルセラはすっかり別人に生まれ変わっていることだろう。フィクションということを忘れさせるようなビンチーワールドにファンはますます熱を上げるだろう。