世界設定が混沌とした近未来のためSFっぽいが、
奇妙な因果律を奏でる純然たるファンタジー。
主人公タヴァナーは原因不明の奇妙な悪夢に落とされ、
その中でもがく姿が非常に悲劇的で同情を誘う。
謎の核心に近づいていく展開が見事な物語性を発揮しながら、
タヴァナーと出会う登場人物たちは非常に奇妙にもかかわらず、
魅力的できちんと現実感がある。
最後の最後で推測される因果律(謎)は、分かっても分かりたくない
不条理感たっぷりであるにもかかわらず、結末は見事であった。
世界設定は混沌とした近未来であり、物語全体に悪夢感が分厚い雲のように垂れ込める。
そして登場人物がハチャメチャという点が本作品の著者ディックの作品に
よく登場するため、ディックらしい作品と言える。
その一方で、起承転結やテンションコントロールがきちんと構成され、
読後に雲が晴れるような爽快感を与えてくれ完成度は非常に高い。
あまつさえ、本作品では、エピローグまであるのだ。
誠にディックらしくない。
思うに、物語を通して語られる主題は愛の形、幸せの形とは
一体なんであるか、という点であろう。
登場人物同士による関係の破綻がいくつも繰り返された最後に、
そこに当り前のようにあるべき存在として描かれた花瓶が、
最後の答えを訴えかけるようである。
何度も読み込む本ではないが、ファンタジーが理解できる人には、
ぜひ一度は読んでもらいたい名作である。