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審問(上) (講談社文庫)

価格: ¥660
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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   パトリシア・コーンウェルが生んだ伝説的犯罪小説の主人公、バージニア州検屍局長ケイ・スカーペッタは、ミステリーファンを確実にとりこにしている。しかし、物語の中では、ケイに負けず劣らず個性の強い人間たちが、この魅力的な女性を肉体的、精神的に痛めつけようと躍起になっているのだ。

   スカーペッタ・シリーズ第11作、『The Last Precinct』に新たな登場人物はいない。過去のできごとを回顧する形で、『Point of Origin』(邦題『業火』)に書かれたことが蒸し返される。敵も味方もおなじみの顔ぶれがずらりと並び、冷めた読者は「新味がない」と言うかもしれない。マリーノ警部、ケイの姪のルーシー、狼男の異名をとる殺人者ジャン・バティースト・シャンダン、(回想の形で)ケイの恋人だったベントン・ウェズリー、ウェズリーを殺したキャリー・グレセン。ケイは『Black Notice』(邦題『警告』)の最後でシャンダンに怪我を負わせた。これは正当防衛だったが、今回は彼女自身が、腐敗した警察組織から捜査のターゲットにされてしまう。その結果、過去の奥深く隠されていたケイのどろどろした暗部がさらけ出されることになる。

   身の潔白を証明したい気持ちと、救いの手にさえかみつく手負いのけものの本能との間で悩みながら、ケイは、過去のおぞましい事件とシャンダンの関係を疑わせる証拠を、法医学的に詳細に検討していく。しかし、破滅的状況は立て直せない。ケイは、「Last Precinct(『ほかに行く場所がなかったら行くところ』がモットーのわけのわからない組織)」の共同創立者で、困ったときには助けてくれるルーシーと、自らの不安と勘違いを分析しようという自分の意思に頼るしかない。

   ケイの感情面での変化に焦点を絞った今度の作品は、プロットに不自然なところがいくつかあり、少し無理な急展開もある。新しい方向性を見いだそうとしているのか、コーンウェルがやや行き詰まってきているという印象も受ける。ここでのケイは、過去の作品に見られる苛立たしいほど人に頼らない女とはずいぶん違う。時折ケイが物思いに沈む場面などは、じれったいしおもしろみに欠ける。これまでの作品の印象的が強いだけに、従来の路線をはずしたのは、いささか残念だが、そうであっても、熱心なファンはどのみちこの新作に飛びつくだろうし、次回作であのスタイルが戻ってくることへの期待も膨らむのである。