当然のことながら著者はこのメダルを活用し、北朝鮮社会の隅々まで分け入っていく。そして、この国には「フランスのシャンパン、ロシアのキャビア、デンマークのチョコレートで飽食する特権階級の平壌」と「飢えて震えている地方」の「2つの世界がある」ことを見てしまった。そのために2000年末に国外追放されることとなる。それまでに著者が直に目にした「2つの世界」のおぞましさは、「北朝鮮を知りすぎた医者」シリーズの第1作に詳しい。国外追放されたものの、著者は中国国境地帯に留まり、金正日体制に果敢な戦いを挑んでいる。その記録がシリーズ第2作『国境からの報告』と、第3作の本書『脱北難民支援記』である。
「ベルリンの壁」が脱出難民の大洪水で崩壊するのを目の当たりにした著者は、ドイツ人としての民族的体験から、独裁国家を倒すには軍事力より脱出難民の力のほうが有効であると確信している。著者はいまやただの医師ではなく、独裁テロ国家と徒手空拳で戦う闘士として、私たちの前に立ち現れている。中国保安当局と北朝鮮工作機関はなぜ「ノルベルト・フォランツェン」の命をつけ狙うのか。そのわけがよくわかる本である。(伊藤延司)