「ある東独青年がみた真実」という副題が示すとおり、旧共産圏出身の著者の視線が特徴だ。一般の外国人にとって、北朝鮮は極めて特殊な国である。だが、壮大なマスゲームや一糸乱れぬ行進に懐かしい祖国の面影を重ねる著者には、奇異なものに対する興味本位の目つきや、押しつけがましい一方的な価値観はない。彼にあるのはただひたすら窮状を耐え忍ぶ国民への共感と同情である。高校生になるまで共産党のプロパガンダに浸っていた著者こそ、いま北朝鮮を最もよく理解できる外国人ひとりに違いない。
1999年3月からの41か月の間に病院、学校、農場など数多くの公共機関を訪れ、さまざまな階層の生活を垣間見て、淡々と現状を記した報告は実にわかりやすく的確である。また、頻繁に行なわれるプロパガンダや金ファミリーの「神話」による統治、それに対する国民感情の分析は鋭い洞察に満ちている。
ワイドショーのような誇張はないし、声高なメッセージもない。しかしだからこそ、ここには北朝鮮の真の日常がある。特別なルートから持ち出されたという171枚の貴重な写真とともに、本書は北朝鮮のいまを記した最も信頼できる記録のひとつだろう。(齋藤聡海)