涙が出そうになりました。
★★★☆☆
子どもの周辺の出来事と、その間の子どもの気持ちをこ
んなに上手に話す語り部は、他には見当たりません。わた
しが子どもの頃又はせめて二十代の頃までに、こんな本に
出合えたらどんなに良かったことかと、つくづく思います。
本書中の「割り算の答えの『余り』のように、どうにも収め
ようのないものが胸にいくつか残ってしまう。それが生きる
ということ」、「人間って、そのときどきの自分に合った相手
と友だちになるんですよ。服のサイズじゃないけど、合わなく
なったら、自然とお別れすることになるんです」、という言葉
はどれも思い当たることがあるものでした。そして、終章にあ
るように、どんなにがんばっても必ず報われるというわけでは
ないという断念を引き換えて、悔しくも大人になってしまった
気がします。
著者には、阿久悠の評伝(『星をつくった男』)などにかまけ
ず、これからは本書のような胸キュン小説の創作に専念して
もらいたいと強く思いました。
忘れていた人との再会を描いた心に響く暖かい6つの物語
★★★★☆
懐かしい人、昔の自分、初恋の人など、忘れていた人との再会を描いた6つの短編集。どれも心に響く暖かい物語だったが、個人的には「永遠」と「チャーリー」が特におもしろかった。
「永遠」は、小学校教師の女性が、結婚する弟のために昔仲良しだった友達を探しながら、永遠に変わらないものを考える物語。この物語の中の「人間はそのときどきの自分に合った相手と友達になる。服のサイズじゃないけど合わなくなったら自然とお別れする」というのが、まさに現実の人間関係を捉えていて印象に残った。
「チャーリー」は、元気で明るいが、他の子より秀でているものがない息子と、過去の自分を照らし合わせる父親の物語。人は誰でも自分がたいした人間でないと気付くタイミングがあり、父親の子供時代、そのときのことを回想する。この子供時代の思い出があまりにリアルで、自分の子供時代にも似たようなことがあったなぁと思わず苦笑いしてしまった。
「こんどって、いつ?」(本文から)
★★★★☆
子どもの頃、どうしていたことやら。
想い出は美しくもあり、
そしてハッと声を出すような恥ずかしいことも。
今日会っている目の前の人にも“想い出”過去があり、
って考えたかな、今回。
この作者の手にかかると、微妙な心の動きを文字でなぞることができる。
だから、どうなのだということはないが、
一人ひとりがいろんなことを思い、
感情の海に呑み込まれながら泳いでいるように思える。
これも共感かなぁ、って愛おしくなる。
切ない、って感じ。
再会は再生...でもあるのか
★★★★★
人は別れを繰り返して生きて行く。でも「もう一度会いたい」と思った時、そして誰かの「もう一度会いたい」に付き合い
それに巻き込まれて行く時、何かを思い出し、辿り、再生して行くのでは
ないかと感じました。
小さくて何気なくて、関係ない人から見れば大したことのないことでも、大したことは
沢山あるのだと。
何にも感じなかった人生なんてないのだと。
大したことのない様にみえる大切なことに寄り添うことで、様々な事柄に気づき、人の持つ素晴らしい
何かを少しだけ信じてみたいと思えるのかも。
誰かに再会し、人を信じ、その生き方を探り認めることで、人は自分に再会し再生して行くのかも
知れません。
色々な見方があると思いますが、
何気ない日常が、どんなに煌いていて、どんなに優しいかを思い出させてくれる作品です。
重松節炸裂、やっぱり良いです、哀愁感じます。
★★★★★
重松節炸裂、やっぱり良いです、哀愁感じます。
短編が6編の作品ですが、緩く重なった話です。
80年代の地方都市に、大型スパーが乗り込んで
きて、その陣頭指揮に当たる、父親の娘と、
潰される、地方デパートの娘とのやり取り。
本の帯通り、「こんなはずじゃなかった」
人生、だからこそ愛おしい。
読書感は哀愁です。