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人類が消えた世界

価格: ¥2,100
カテゴリ: 単行本
ブランド: 早川書房
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知的娯楽として文庫で読むなら、買い ★★★☆☆
本書は2008年に単行本として刊行されました。それから1年で早々に文庫化され、この値段なら買い、と思い早速読んでみました。明日、人類が突然いなくなったら世界(地球)はどうなるのか、ということを科学的に検証しています。前提自体がありそうにない設定の上での仮定なので、リアリティはいまひとつ。また人類が消えた後の推測もそれなりの根拠があるのでしょうが、難しすぎてそれが正しいのか読み手には判断できず、「ふーん、そうなんだ」とうなずくしかありません。

著者は、人間がいかに地球環境を食いつぶして生存しているかを知らしめ、結論として産児制限をして人口を減らさなければ人類の生存は危うい、と落としています。しかし、これだけ風呂敷を広げられると、地球という生命体は人類が生存しようがしまいが、絶滅と環境適応種の繁殖が繰り返えされ人類もいずれ遠からず絶滅するのであれば、そのあとのこまで考えなくてもいいんじゃない。と無責任に思ってしまいます。そう捉えられる側面があるという点では著者の意図はうまく伝わっていないと感じました。

ただ、ありえないことを前提にあれこれ考えるのは、知的娯楽としては面白いと思います。読み手としては、賛否は棚上げして面白がって読んでみるのもよろしいのではないでしょうか。
環境問題について壮大なスケールで叙述 ★★★☆☆
自然環境問題というと、大抵は産業革命後もしくは世界大戦後の産業製品開発による弊害、人間中心の考え方などを原因として論じられます。

それに対してこの本は、人類誕生から人が犯してきた環境破壊について述べており(それにあたり人類誕生以前の地球についても言及されています)、他のレビューヤーの多くの方がおっしゃっている様に、非常に多方面からアプローチをしており、「環境問題って何だろう?」と思う人にとっては、是非一読の価値があると思います。


しかし、地球に対して大きな過ちを犯した人類を重罪人の如く述べ、人類がいなくなれば自然環境に改善は見られるが、プラスチック製品やウランなどに代表される人類が作り出したモノは、人類が絶滅しても悪影響を及ぼし続けるとし、その結論として、我々の知性と勇気を動員して、全女性それぞれに対して子どもを1人しか産ませない、というのは、人間の営みを無視した極めてデータ的な見解であり、少子高齢化社会の中で、果たしてそんな事が可能なのか、首をひねらざるを得ません。

また、今後の科学技術の進歩によって、遠隔操作で宇宙にて人間を誕生させるだとか、精神・記憶を宇宙へ送信させるなど、人を何だと思っているのかと言わざるを得ません。

宇宙で人間をつくる事が仮に出来たとしても、それは結局、著者が述べた人類による環境破壊を別の星で再現してしまうのではないかとも思います。

以上の理由により、「自然環境問題と人類」について知るには良著だと思いますが、「ではどうすればよいのか」という点に関しては、とても共感できるものではなく、星3つとさせていただきました。
なかなかセンセーショナルだった ★★★☆☆
作品を見れば、人類が消滅した場合は、他の全ての生物にとって福音となる
そんな意味合いに感じたな
確かにそれは予想していたことだが、人類はやはり生態系にとって害悪にしかならないと、そんな自虐な思いを抱きました。

ただ、人類が消えた理由についての言及がない
核戦争か、それとも他の何かの理由か
ともかくある日、いきなり人類が全て消滅した
それを前提として議論を進めているような内容です。

それだけに現実感が少々、希薄だと印象を抱きました。
人類が地球から消滅するにしても、他の惑星に全ての人類が一斉に移動する
そんなことでもない限りは、上記の前提はありえませんからね
そもそも思考実験という前提で ★★★★☆
文庫版の表紙にも記載されているように、本書は「思考実験」の本ということです。

人類がいない世界というものはあくまで架空の世界であり、著者もそのように言及しています。


この本が面白いのは、様々な分野の専門家の意見を多く取り入れており、その分野から見た自然・環境問題を新しい視点で知ることができるという点です。

たとえば、化学者・農学者・動物学者・地質学者などの専門家の意見や、実際に現場で自然・環境問題と接している人物からの意見も述べられています。

自分が今まで考えもつかなかったような事態が、思いもよらなかった場所や時に、人類が消えた世界に起こりうるということが実感できる本です。
原著を台無しにする悪しき翻訳 ★★☆☆☆
タイム誌が選ぶ2007年ベストノンフィクションの謳い文句に惹かれて最初単行本で読みました。何て読みにくく理解しづらい本なのかと驚きました。あちらこちらに話題が飛ぶ構成という点もありますが、主たる原因が「誤訳とは言えないまでも自動翻訳ソフトに掛けただけのような配慮のない手抜き翻訳」の所為だと分かりました。こんなおかしな日本語が全編に亙って続きますので読む方はたまったものではありません。今回文庫本になっても何ら改まっていないので、そりゃあんまりだと思いレビューを書きます。例を挙げれば切りがないのですが一つだけ見本を示します。63頁:「ニューヨーク植物園は、ブロンクス動物園の向かいの一平方キロあまりの敷地にあり、<中略>だが最も注目すべきなのは、(敷地内にある:gabee注)一六万二000平方メートルほどの土地である。ここは在来種が手つかずのまま残る原生林だ。」読み手には「植物園=狭い、原生林=広い」という思い込みがあります(少なくとも私には)。また数字は単純に桁数が多い方が値が大きいという常識もあります。さらに同じ文節では面積の単位は揃えてあるはずとの錯覚もあります。この文章を読んですんなり理解できる人がいるでしょうか?(因みに上記2つの面積のどちらが広いか職場で10人に即答させたところ、内9人が見事に間違えました。)原著では各250acre、40acreとありますので一目瞭然、間違いようがありません。せめてこの部分は「ニューヨーク植物園は、ブロンクス動物園の向かいにあり、250エーカー(約100万平方メートル。東京ドーム21個分)もの広大な敷地を有する。<中略>だが最も注目すべきなのは、敷地内の一画を占める40エーカー(約16万平方メートル。東京ドーム3.5個分)の土地である。…」くらいには訳すべきでしょう。他のレビューの中には「翻訳が最高」とか「訳文は固いが、これは訳者の責ではなく、科学ノンフィクションなので仕方がないところ」と評価している人もいますが、これはとんでもない間違いです。「原著は易しく書かれているが、翻訳が最低」が正解です。経営学書の翻訳を専門とする人ではなく、この手の分野を専門とする然るべき人に翻訳をさせるべきでしたね。それよりも第三者的で気の無い「訳者あとがき」を読むと「この人本当に原著を読んで理解して、自分で翻訳をしたのかしらん?」とはなはな疑問に思ってしまうのです。さらに「売らんかな、売れれば良いんだ!」という出版社の姿勢にも反感を覚えます。